この度、故・鈴木茂先生の学問の師である木村敏先生から序文をいただいて、茂先生のいわば「第三著作集」をここに出版することができましたのは、ひとえに関係者皆様のおかげであり、心から深く感謝する次第です。
 茂先生の人生を後輩である私の眼からみて書いた追悼文(第16章)を収載するかどうかを迷いましたが、当時の私の思いがそのままに込められており、茂先生の人となりを皆さまに紹介する意味もあると考えて、あえてそのままの形でここに掲載することにいたしました。この追悼文にも書きましたように本書は、茂先生の遺稿の中から『幻の第三著作集』と題された一枚の紙が、奥さまによって発見されたことに由来します。そこには本の書名と副題および章立ての題目が記載されており、さらに収載希望の論文と講演の題目一覧が書かれておりました。それらは、そのまま本書に採用いたしました。これまで何とかこの著作集を出版して生前の意志を実現させたいと、茂先生を知る人たちの思いが本書になってようやく結実いたしました。
 茂先生の全体の構想は、ほぼ本書の通りであるのですが、Vパーソナリティに問題のある(躁)うつ病の症例 の章立ての中には、ここに収載した以外に、

・うつ病のパーソナリティ障害化という今日的問題について.季刊 麻本呂婆, 第五号, pp.3-34, 2010.
もありましたが、これは本書の第9、10章とほとんど重複する内容なので、割愛いたしました。それ以外にも、
・うつ病のpersonality障害化−自己愛・回避・解離性の露呈.第7回 帝京大学精神科治療研究会(東京)、2007.6.19
・働く人のメンタルヘルスケア−BPD、双極U型、単極型うつ病の鑑別について.第9回 静岡職域メンタルヘルス研究会(浜松)、2008.12.5
・解離性障害患者に関する私の経験と対処法.東大精神神経科研究会, 2009.1.22
・うつ病概念の拡散とパーソナリティ障害概念の妥当性.平成21年度 第3回産業医研修会(広島)、2009.11.29

の項目も記されておりました。これらについては、講演用のパワーポイントやレジュメ、草稿の一部などは残ってはいたのですが、完成稿は探しても見当たらず、また編者の一存で勝手に補筆するわけにもいかないので、本書に収録することはできませんでした。
 本書に収載した茂先生の論文は、計15篇となります。本書の副題が「精神医学における記述症例の復活」とあるように、多くの症例がここに詳しく記載されています。数えてみると、全体で茂先生の自験例が28、引用例が3、症例検討会事例が1で、計32にもなります。本書の中で繰り返し述べられているように、茂先生は「論より証拠」というか、「理論より症例」に根ざすことを、すべてを臨床の現場から考えることを持論としていましたが、まさに正論と言えましょう。しかしながら症例を詳しく書こうとすると、しばしば紙数制限の枠にぶつかってしまいます。この点で、字数の制約なしで自由に書くことを許された産業医向けの講演をまとめた第9章と第10章の「職場に見られるパーソナリティ障害@、A」は、茂先生の真骨頂が現われて本書の約三分の一(85頁)を占めており、その醍醐味が一番味わえるところとなっています。ここでは20症例について言及されており、それらのいくつかは他の論文でも用いられています。しかしここにおける記載は、それ以外の論文の同一症例よりもやや詳しく書かれていました。このため、本書の中で症例が重複するものは、それを避ける意味でも第10章の症例記載を優先して、他論文でそれに該当する症例は第10章の症例を参照するように編集いたしました。このため読者は、本書の前後を行ったり戻ったりすることになり、いささか読みづらくなったかもしれませんが、その意図をご理解ください。オリジナルを知りたい方は、初出一覧によって容易に原論文にあたることができます。
 なお茂先生の草案には、第15章への言及はありませんでした。おそらくは、それが書かれる以前に本書が構想されたものと思われます。茂先生は、私信でこの論文をもって「店じまい」と私に書いてきており、これ以後の学術的な執筆は見当たらず、内容自体からも絶筆と判断いたしました。
 繰り返しになりますが、本書の出版にあたっては、われわれの恩師である木村敏先生の、そして茂先生にも私たちにも兄弟子にあたる岡本進先生の、さらには名古屋市立大学精神医学教室に以前あった精神病理グループの皆さま方のご協力が、またとりわけ金剛出版社長立石正信様の力強いご支援があったことを、ここに記して心より感謝申し上げます。
 最後に、茂先生が命をかけた楽メンタルクリニックを継承してくれた同門の大神いづみ先生、そして本書の刊行にあたり数々の原稿や資料の取り出しにご協力をたまわり、出版にもご賛同いただいた茂先生の奥さまである鈴木静子様に、心よりお礼申し上げます。

2015年1月 浜松にて 生田 孝