本書の翻訳は,訳者らの切なる願いから始まった。いわゆる,「キレる」子どもたちは,その行為の外見とは裏腹に,決して周囲を傷つけたくて行っているのではない,彼らもまた,自らの衝動がコントロールできないことに深く悩んでいるのだということ,そして,それに対して,手立てが(おそらく)存在するということを,それぞれの臨床経験から気づいていたからである。そのことを訳者の1人(坂戸)は,精神科・児童精神科として,病院勤務する中で,また,児童相談所で,相談ケースとして多くの子どもや家族に接する中で痛感してきた。坂戸は児童相談所に勤務しているが,子どもたちの中に,衝動制御の難しい子どもが多くいること,そして,いったん周囲に被害が及ぶと,それは「問題行動」「周囲への迷惑行為」としてとらえられ,そうなった段階では,それを改善することが難しいということを実感していたからである。そして,もう一方の訳者(田村)は,認知行動療法を専門とする臨床心理士であるが,数年間の児童養護施設での勤務経験がある。児童養護施設は,もともとは両親が亡くなった子どもたちなどを主な対象とした入所施設であり,社会的養護を目的に始まったものであるが,近年では,入所理由は様々である。いずれも,怒りのコントロールが難しい子どもへの対処は大変重要な問題であり,それは,社会においても同様である。坂戸は,児童精神科外来で,そのような子どもたちに対して,場合によっては薬物療法を行うこともあるものの,数年前から学んでいる認知行動療法を1人1人に合わせて苦心して行う中で,また場合によっては親に対してもやはり認知行動的アプローチを心掛けながら接することで,多くの事例で衝動行動が大幅に改善していく姿を見てきた。しかし,このアプローチは,自分が学んできた認知行動療法を基にしてはいるものの,応用的な活用であり,それがはたして,セラピーとしてきちんとできているものなのか,ずっと疑問に思ってきた。
 そのような中で,本書との偶然の出会いがあった。出会った時には,その内容が,自分が苦心しながら行ってきたことと非常に似通っていて驚いたものだった。また訳者同士の出会いもあり,共訳で本書を出版させていただく運びとなった。
 本プログラムではまず,子どもの怒りに対する治療的アプローチとして,文献を整理しながら考察している(p.25)。そこではまず,@子どもに焦点を当てた治療を挙げ,マイケンバウムのストレス免疫モデルを紹介し,さらに問題解決技法と,SSTについて記している。次に,A家族とコミュニティに向けた治療について記され,最後に,B薬物療法について記載されている。薬物療法については,一定の意味は認めるものの副作用への注意が換気されている。本プログラムの対象者は子どもであるため,薬物療法については保護者も慎重である場合も多く,臨床場面においても慎重さが求められるのは当然のことであろう。それに続いて,プログラムの開発経緯,および現在まで報告されているエビデンス(文献的根拠)についてまとめられている。
 上記のような文献的考察に続き,実際のプログラムが掲載されているが,これは@の構成をそのまま実践した内容といってよいであろう。まさに,エビデンスに基づいた(evidence-based)プログラムである。各回は,前回のセッションの振り返りののちに,ホームワークのチェック,それからその日のテーマについてワークシートを使用しながら取り組み,最後にホームワークを出す,という固定した流れがある(これを「セッションの構造化」と呼び,治療をこのように構造化することは認知行動療法においては必須のことである)。そしてセッション全体の構造は,@に沿うように,(1)感情調節,(2)問題解決,(3)SSTの順番で構成されている。ここで特筆すべきことは,このいずれの段階においても,クライエントの感情を,様々な形で扱っていることである。認知療法の創始者であるアーロン・ベックの言葉に「認知にいたる王道は感情である」という名言があるが,まさに体現されたものといえよう。それは,(1)感情調節においては当然のことであるが,(2)問題解決,(3)SSTにおいても貫かれている。また,(2)問題解決においては,怒りを向けた相手の感情についてセラピストと子どもが協働して考え,相手の感情をあおらないための対処方法を学ぶ。(3)SSTにおいては,アサーション・スキルを含む,日常生活において対人関係をスムースにするために役立つスキルを学んでいく。すなわち全体を通してみれば,まず,感情のはげしい揺れ動きをコントロールした後に,個々の問題を解決する術を学び,それがより一般化されたと言ってもよいSSTを学んでいくという構成になっている。
 一方,本プログラムは,認知行動療法の原則を貫いてはいるものの,ところどころ,通常は基本原則とされていることと若干異なる部分もある。それは,(@)ケースフォーミュレーション(事例定式化)を行わないこと,(A)スキーマ(中核信念)を扱わないこと,(B)アジェンダ(そのセッションで話し合う議題)設定をクライエントとセラピストが協働で行うことをせず,プログラムの中で最初から決められていることである。これについては,訳者の経験からは納得するところである。まず,(@)についてであるが,ケースフォーミュレーションとは,事例やその背景を大局的かつ具体的に見立てていくものであり,それは臨床力が問われる作業である。プログラムを実践する「セラピスト」は,実際には,必ずしも豊富な臨床経験を持っていたり,精神療法についての学びを深めているわけではない方々ばかりではない。本プログラムは,子どもに関わる幅広い職種の方々を対象としているため,そうした方々でも無理なく実践できるようこのようになったと想像する。また(A)については,スキーマを扱うことが必ずしも治療がうまく進むことにはつながらず,それよりも,現在起きていることをしっかりと扱っていくということが認知行動療法の基本であるからなのではないかと考える。もちろん,通常の認知行動療法では,スキーマを扱うこともあるが,まずは現在,「今ここで起きていること」を十分扱うことが重要なことであり,そのためにあえて,スキーマは扱っていないのであろう,と考える。最後に(B)についであるが,適切なアジェンダを設定するということもまた,治療の結果を大きく左右する大切な部分であり,やはり臨床力を要するところである。また,本プログラムは子どもがクライエントであるので,成人のクライエント以上にその作業は困難を極めるということが予測されるということもある。こうした理由から,本プログラムではアジェンダが最初から決められているのであろうと考える。いずれも,幅広い職種による利用を想定して,また,クライエントが子どもであるという難しい条件下での実施のための工夫であることが見て取れる。
 ところで,坂戸は現在,主に福祉領域に身を置く精神科医であるが,その視点から,僭越ならが,若干つけ加えさせていただきたい。
 本プログラムが,子どもの怒りに対して有用であることは当然のことではあるが,だからといって,いわゆる「キレやすい」(すなわち,ちょっとのことですぐに怒りを爆発させるような)子どもたちに,最初からいきなりこのプログラムを行うことは勧められないということである。「怒り」に限らず,子どもに問題が生じた時には,まず,家庭環境,親や家族の対応,学校の対応,また,生活全般など,その子どもを取り巻く環境のどこかに問題がないのかを見渡さねばならない。生活リズムはどうか? 家庭の中に子どもがイラつきをおぼえても無理もないと感じるような状況はないか? 親の対応に問題はないのか? 親が,子どもの態度や行動に過度に反応していないか? 等々を丹念に見ていく必要がある。いわば,社会や家族の問題,それが子どもに凝集され,子どもの情緒に影響を与えていることは意外とよくあることであり,見逃してはならず,十分に気をつけねばらない。
 訳者らは,翻訳作業と並行して,プログラムの実施を一部試みているが,実際に子どもたちの衝動行動が減っていくのを目の当たりにする。特に,巻末のワークシートは,書籍の購入者の許可があれば自由にコピーして使用することができ,大いにおすすめするものである。また読者の中には,認知行動療法に触れるのは初めてという方も多いであろう。その場合には,まずは使いやすそうなところから,ワークシートを使いながらそれぞれに試行錯誤しながら取り組んでみるという方法もあるであろう。
 本書の翻訳にあたり,担当者の弓手正樹さんには,最初から最後まで,実にさまざまなアドバイスをいただき学ばせていただいた。感謝申し上げる。また,両訳者の職場の方々にいろいろとご教示いただいたことが翻訳出版の動機づけとなった。皆様に感謝申し上げたい。さらに,監訳者の大野裕先生には,両訳者ともに大変お世話になり,また,翻訳作業においても細かなご指導をいただき,深謝申し上げる次第である。
子ども怒りは,いろいろな問題を生む。本書が,日々懸命に生きている子どもたちやそのご家族の生きづらさを和らげ,少しでも助けになるよう,児童精神医学・児童心理学・児童福祉,また,家族に対する支援の一助としていただければ,望外の喜びである。