いのちの危機と向き合って
 とまどい迷いながらも,30年以上,小・中学校で多くの子どもたちと向き合ってきた。振り返ると,細々とではあるが20年近く自殺予防に携わってきたことになる。究極の危機である自殺問題は,特殊な事態で普段あり得ないことのように思われているが,実は,究極の危機を考えることは,日々の子どもたちの命の安心・安全につながることだと感じている。私自身,自殺という究極の危機をどのように捉え,どのように関わるかを模索することを通じて,日常の教育活動における子どもや保護者への関わりにおける多くのことを教えられたと思っている。

荒れた中学校に赴任して
 友だちから「やめておいたほうがいいのでは」と心配された中学校に赴任したことがあった。トイレの壁や便器は粉々に破壊され,4階から教室のドアが降ってくることもあった。割れた窓ガラスや廊下に大量にたまった消火栓の水を片付けたり,シンナーの吸引やバイクの暴走など,ドラマでみたシーンを毎日のように体験することとなった。担任していた生徒が部活動中に上級生からの暴力を受け,失明寸前にさせられることもあった。自分の心も身体もずたずたにしながら,物を壊し他者を傷つけてしまう生徒たちを前にして,教師として無力感に襲われることもしばしばであった。事後処理に追われ,学校全体として「なぜ荒れるのか」と問題の本質や個々の生徒理解を深める余裕もないまま,一人ひとりは必死で働いているにもかかわらず,いたずらに時間だけが過ぎていき,毎年,大量の人事異動があった。
 担任として生徒に,「朝起きて行きたくなるクラスにしよう」と,ことあるごとに訴えた。そんな折り,小柄な女子の生活ノートに,「放課後の日直清掃で,○○さん(大柄の突っ張り男子3年生)がクラスにたばこを吸いにきたけど,『教室から出て行ってください』と言ったら,出て行ってくれた」と書いてあった。その勇気をクラスみんなでたたえ合った光景を今も思い出す。行事を大切にし合唱大会でも練習を重ね,みんなで心を合わせ賞を得ることに燃えた。「ひたむきに歌っている姿に涙がでたわ」と同僚が声をかけてくれたことをみんなで喜び合った。
 また,担任していた生徒が自殺企図を繰り返したこともあった。「誰にも言わないで」という母親の言葉に,家族の意をくむべきなのか,学校として援助体制をとるべきなのか,迷い続けた。
 しかし,このような生徒指導における困難な状況を何とか乗り越えることができたのは,先輩の女性教員の存在であったからである。担任である私をたて,保護者の意向も大切にしながら,一緒に対応策を考えてくれた。そうした同僚の存在が,どれだけ心の支えになったかわからない。また,所属学年の教師集団が一致団結していろいろな問題に対処し,生徒とまともに向き合おうとしていたことも大きかった。
 私自身もカウンセリングの知識や技法を身につける必要性に迫られ,県の教育研究所の学校カウンセラー養成研修講座などで学ぶようになった。そのことで,学校外の専門機関との連携がとれるようになったことも力になったように思う。

院内学級でいのちと向き合って 
 学校の荒れが下火になった頃,近くの大学病院に院内学級が設置されることになり,その担当者となった。そこで,小児がんのつらい治療に耐えている生徒や拒食症に苦しみ「生きていてどうなるの」と訴えかける生徒たちの命を削りながらも必死で生きようとする姿に出会った。
 一方で,院内学級設置校である本校と同様に,エネルギーをもて余して他者や自分を攻撃する生徒たちもいた。現れ方は違うが,必死で生きようともがき苦しむ生徒たちと出会うなかで,その揺れる心をどう捉えたらよいのか,どう関わったらよいのか,思春期の心の危機への対応について学びたいと強く思うようになった。
 そのようなときに,大学院に内地留学する機会を得,カウンセリングを体系的に学ぶことができた。死にたいと訴えるほどの深刻な心の危機に陥った生徒との関わりを通じて,思春期の心の危機と自殺予防の問題に自らの研究課題として取り組むようになった。

「死にたい」と訴える子どもたちに関わって
 大学院終了後も,生きづらさを抱える子どもたちとの出会いは少なくなかった。一人は,中学生の時には抑うつ傾向が強く自殺念慮があったが,高校へは何とか進学し,中学生の時に憧れていた大学に進学することもできた生徒である。大学の相談室にも医療機関にも繋がっていたが入学後まもなく自ら命を絶ってしまった。時々,中学校へ電話があり,亡くなる3日前にも久々に元気な声の電話があり,ほっとしていた矢先に知らせを受けた。深い悲しみと共に,自分に何が足りなかったのか,何ができなかったのか,と問わずにはいられなかった。
 その頃も院内学級担当者でもあったが,関わった生徒は,200人を超える。その内訳は,最も多いのが,小児がんの子どもが29%,ついで精神科思春期外来の医師が診ている子どもが28%で,主に拒食症や心身症をはじめとしてこころのSOSを発している子どもたちであった。本校においても,教育相談担当者として,リストカットを繰り返す女子生徒や,「包丁を胸に突きつけてしまう自分が怖い」と訴える男子生徒,「死にたい」と訴える不登校生徒などへの対応を迫られていた。
 その後,小学校に転勤後,衝動性が高く自閉傾向のある児童と出会った。周りから怒鳴られたりすると,「死ぬ! 車にぶつかる!」と体全体で泣きじゃくり,部屋の隅から出てこなかったときがあった。その姿に,重い気持ちで保護者と座りこんでしまったときもあった。その後も折り合いのつかないときには,時々「死ぬ」という言葉を発していたことを悲しく思い出される。また,自分の首に手を当て「死にたくなってしまう,絞めてしまいそう」と,苦しんでいる低学年の児童と出会ったこともある。

 現在の学校においてはこのような児童・生徒の存在は特殊なケースとして片づけることのできない問題となっている。
 子どもたちが,生き辛さを訴えたり,生きていくエネルギーを失ってしまった時,大人としてどう向き合っていけばよいのか。その問いへの答えを今も求め続けている。