『会話・協働・ナラティヴ―アンデルセン・アンダーソン・ホワイトのワークショップ』

タピオ・マリネン,スコット・J・クーパー,フランク・N・トーマス編/小森康永,奥野 光,矢原隆行訳
四六判/304p/定価(3,200円+税)/2015年9月刊

評者 齊藤 環(筑波大学)

 ひきこもりの専門家であり理論上はラカン派精神分析のシンパを自認する評者が,本書を取り上げることは奇妙に思われるかもしれない。しかし最近の評者がもっとも力を入れている活動は,フィンランド発の精神療法「オープンダイアローグ」の修得ならびに普及啓発活動である。本書の対話にはこの技法の理論的主導者であるヤーコ・セイックラが参加しているが,もちろんそれだけが本書を取り上げる理由ではない。
 オープンダイアローグはポストモダン思想である社会構成主義,すなわち「コミュニケーション(とナラティヴ)が現実を構成する」とする考え方に深く根ざしている。つまり,コラボレィテヴ/ナラティヴ・アプローチからの影響を深く受けた技法でもある。本書はこの領域におけるアイコン的存在であるマイケル・ホワイト,ハーレーン・アンダーソン,トム・アンデルセンの三人が,フィンランドのハーメーンリンナで一堂に会した際の対話の記録なのである。三人のうち二人が故人となった現在,本書における対話の成立を“奇跡的”と形容したとしても許されるだろう。
 ポストモダン的なアプローチの特徴は,理論や診断,治療方針と言った枠組みからかなり自由である点だ。H・アンダーソンが強調する「無知の姿勢」がそのことを良く示している。これはセラピストがクライアントに学ぶ姿勢を意味しており,クライアントとセラピストが共に学習し探求を進めていくための双方向のプロセスにつながる。
 彼女はボスニア紛争の際,現地の難民や戦争被害を受けた女性を支援するスタッフにトレーニングを行った。その記録は感動的である。トレーニングに参加した女性スタッフの多くが「人生の新しい意味を作り」出した。つまり「自分自身を経験する新しい方法」や「新しいコンピテンスの感覚」を。
 ナラティヴ・セラピーを創始したM・ホワイトは,自分とクライアントとのやりとりを逐語的に紹介している。彼によれば治療的会話は即興的であり,治療実践においては自然発生的なことと厳密であることは矛盾しないとされる。彼のやり方においては「治療の足場作り」が重要な意味を持つ。これはヴィゴツキーの「発達の最近接領域」にヒントを得た言葉で,「すでにできていること」と「これからできそうなこと」のギャップを埋めるための足場を意味する。セラピストはこの足場作りに貢献する立場,と言うことになる。
 短い紹介では本書の素晴らしさは伝えきれないが,ここには日常臨床に活かしうる多くのヒントが詰まっている。最後に,編者の一人,タピオ・マリネンの発言を引用しておこう。「夢みること。遊ぶこと。証人になること。決して満足しないこと。聴くこと。選択肢を増やすこと。思いやりを持ち込むこと。そして,オープンであること。そうすれば,魔力が生まれる」。

原書:Malinen T, Cooper SJ,& Thomas FN(Eds):Masters of Narrative and Collaborative Therapies:The voices of Andersen, Anderson, and White