『心理療法家の気づきと想像―生活を視野に入れた心理臨床』

村瀬嘉代子著
四六判/280p/定価(3,000円+税)/2015年9月刊

評者 江口重幸(東京武蔵野病院)

 本書は,村瀬嘉代子が近年およそ7年間に書いた論文や書簡など21編を中心に,3部構成でまとめ,「統合的アプローチ」と呼ばれるその心理療法の全体像を浮かべたてようとするぜいたくな論集である。
 以下簡単に全体の内容を紹介する。冒頭の序の「対人援助とは」では,対人援助や心理的援助とはそもそも何なのか,それに携わる者の役割の核心,資質およびその向上とは何かが簡潔に示されている。それに続く第1部では,何例かの事例をまじえた心理療法の過程や具体的臨床場面の肝要な部分が展開される。本書のタイトルになっている論考「臨床場面における気づきと想像」もこの部分に含まれる。地味に積み重ねられる相互行為の中からセラピスト自身の感情や思考を磨き,自身の気づきや想像力が動き出し,その理解と実践を日常生活の中に着地させていくといった―言葉にすると簡単のようだが,実践としては至難に近い総合的技芸―「もののやり方arts de faire」(de Certeau)のようなものが論じられている。第2部では,子どもや子ども時代,被虐待児や家族支援,描画とコミュニケーションが論じられる。ここでも事例が示され,「生きられた時間」「一回性」など著者独自のキーコンセプトを使って社会的文脈がさらに強調されていく。そして第3部では,発達障害,犯罪心理学と罪を抱えて生きること,心理的援助の他分野との協働,そして統合的アプローチ……というようにさらに議論は深化していく。第1から第3部各部の最後にはそれぞれ,「多軸・多焦点・そして統合」「母性の多面性と可塑性」「老いと『生きられた時間』」というやや長めのコラムが置かれ,文体も視点も異なるゆるやかな中仕切りのような役割を果たして楽しませてくれる。
 本書を読んでいると,これまで十数冊の著書で示された著者の議論の単なる再演ではないことに読者は次第に気付くようになる。それは冒頭に記したように,本書に収められたのが最近7年間の,つまり著者が大正大学を辞されて以降の論文であることが影響しているのであろう。それは著者が心理職の国家資格化に向けて全国をほぼ漏れなく踏破した期間に重なる。その足跡は,妙な比喩だったら許していただきたいが,奈良時代の僧侶行基の行脚の軌跡のごとくである。ローカルな民衆の救済から始まり,各地を旅して回って貯水池や堤防や橋架といった具体的なインフラを整え,困窮者のアジール(布施屋)を開設し,次第に地図制作や大仏建立という国家事業にも関わっていくその足跡である。そのような移動の短い合間に,さらに考え抜かれて書かれたものが本書に収められた論考なのである。そして最後の部分に「老い」を扱ったコラムがある。ここでは評者である私が長年座右の銘とし,後に書家に揮毫してもらい額装して我が家に飾ってある土居健郎の言葉に出会う。これも個人的には何にもまして感動的な読書体験につながった。
 確かに全編を貫いているのは臨床家村瀬嘉代子の説く「プロフェッショナリズム」である。しかしそれは横文字で語られるものというより,土着的で身体的な,もう少し言えば職人的な技術に近いものであろう。一読して本を閉じると,表紙の菱田春草の日本画が再び目に飛び込んでくる。その落葉の色とそれに紛れるように小さく描きこまれた鳥は,こうした本書にじつにふさわしいもののように感じられる。