『臨床心理士の仕事の方法−その職業的専門性と独自性』

渡辺雄三著
四六判/248p/定価(3,200円+税)/2015年11月刊

評者 原田誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)

 本書は,その書名にある通り「臨床心理士の職業的専門性と独自性,すなわち『臨床心理士の仕事の方法』にテーマを絞って」(本書7頁),しかも「技法以前の心理臨床の基盤となる基本原則」に関して,筆者の卓見が開陳されていく快著である。ともすれば教科書的な硬さが生じがちなテーマであろうが,渡辺先生の筆遣いは違う。豊富な学識と臨床経験,真摯な役割意識と批評精神,旺盛な好奇心とガッツ,柔軟で粘り強い思考力に裏打ちされた筆致は,すこぶる生気に富む刺激的なものだ。読者はその力量に感嘆しながら,渡辺先生から豊かな「臨床の知」を親しく学ぶ幸運に恵まれる。
 “「臨床心理学的に配慮されたアプローチ」の8つの原則”の第1項目の表題は,“「一人一人のクライエントを確かな対象として」,クライエントの「こころ・からだ」を理解し,手助けする”。第2項目以降の表題は,後半部分はすべて第1項目の「クライエントの『こころ・からだ』を理解し,手助けする」と同じであり,前半だけが項目ごとに変わっていく。具体的には,A「クライエントと直接かかわることを通して」,B「クライエント自身の体験とその表現を核にして」,C「現前性・状況性・歴史性・関係性・個体性・希求性の総体的視点から」,D「クライエントと臨床心理士との相互関係の中で」,E「臨床心理士自身のこともつねに含み込んで」,F「依拠する臨床心理学の理論や方法を信頼し,かつ疑うことも忘れずに」,G「何よりもクライエントのために」。
 この書について,渡辺先生は「現代の科学や学問や臨床心理学を覆う時代の空気の中では,それこそ『時代錯誤』と揶揄されそうです」(243頁)と記しておられるが,評者の判断は異なる。ここで挙げられた「8つの原則」は,いずれも納得のいくオーソドックスな内容であり異論は覚えなかった。
 本書の価値・魅力〜渡辺先生の問題意識・批判精神の一端をお伝えするために,何箇所か引用してみよう。

・臨床心理学は,学問自体がまだ未成熟で,心理臨床現場と大学・学問の世界との相互交流が非常に乏しいため,目新しい考えや最新の療法に安易に飛びついて,流行のものに右往左往する傾向があるようである(あれだけ臨床心理士の心を掴んだ「河合隼雄」も単なる一時的なブームに過ぎなかったのか)。(28頁)

・とても残念なことだが,精神分析療法にしろ認知行動療法にしろどちらにしても,こうした(臨床心理士に求められる)「配慮」をまるで欠いた心理療法の実施が,一部の臨床心理士に実際に見られる。厳しい言い方になるが,それを私は「臨床心理士の仕事の方法」と認めたくない。(34頁)

・(臨床心理士の中年期危機の3つ目は)安易な自信と自己満足の道である。……40歳を過ぎた頃から,臨床心理士としての自分に自信を得て,クライエントの手助けはこの方法でよい,臨床心理士はこうあるべきだなどと確信を持って,クライエントに対応している臨床心理士である。大学教員としてのポストを得た臨床心理士などにはこの傾向がみられるが,……(187頁)

 本書の魅力をもう一つだけ紹介すると,実際の災禍〜事件にまつわる表現〜記録に対して,渡辺先生が加えている精緻な考察から学ぶことができる点だ。具体的には,東日本大震災の「震災怪談」(70頁),「厚労省・元官僚夫妻殺害事件」(94頁),「池田小学校・児童殺害事件」(104頁)があるので,味読をお薦めします。
 最後に,評者が違和感を覚えた点を一つだけ。本書に,「そもそも現代の精神医学や精神医療がクライエントの話に丁寧に耳を傾けることに治療的価値を置いているとは,とても思えない」(61頁)という記載がある。私見では,多くの(ほとんどの?)精神科医はこの見解に賛同せず,驚きや残念な気持ちを覚えるだろう。本書全体を読めば,渡辺先生のこの表現を「現前性・状況性・歴史性・関係性・個体性・希求性の総体的視点から」理解する(原則4)ことが可能なように感じるが,評者の判断ではやはり行き過ぎがある。「現代の精神医学や精神医療」を,一部でみられる問題点をもとにして十把一からげに決めつけるこうした勇み足は,職種を超えた連携の実現のためにマイナスになると感じたため記した次第です。