『新訂増補 方法としての行動療法』

山上敏子著
四六判/244p/定価(2,800円+税)/2016年2月刊

評者 高橋純平(千葉市立青葉病院児童精神科/千葉大学大学院医学研究院)

 本書は行動療法の名著である『方法としての行動療法』に新たな論文が加えられ,新訂増補として刊行されたものである。行動療法の基本的な枠組み,理論,技法,歴史がコンパクトにまとめられ,具体的な症例と共に実際の臨床でどのように行動療法を使うのかが鮮やかに描かれており,これから行動療法を学ぼうとしている初学者のみならず,行動療法,ひいては精神療法を学ぶすべての臨床家のモデルとなり得るものである。
 「行動療法は大病理理論や大人間理論をもっていない」というのは本書で繰り返されるテーマである。そのために行動療法は「精神療法として総論的にとらえることをとてもむずかしくさせている」。行動療法が有効に作用することを理解している臨床家は多いが,それに習熟している臨床家は意外に少ないのではないか。認知行動療法のテキストと比較しても,行動療法や応用行動分析のテキストは評者には読み進めることが難しいものが少なくなかった。理論や技法は詳しく書いてある。しかし人間をあたかも「もの」のように単純化して機械的に見るスタンスが,どうにも馴染めなかった。いや,本書を読んでそうではないと気付いた。他のテキストは人間を「もの」と見ているのではない。そもそも人間を見ているわけではない。見ているのはあくまで「行動療法」や「行動」なのだ。そこには血の通った,生きた人間がいない。
 本書で提示される症例は重症の患者ばかりだ。しかし皆,血の通った生きた人間である。何年にもわたる引きこもり,重い強迫性障害や摂食障害,知的障害をもつ患者の行動障害。不信感や恐怖から診察室でまともに話すことすら困難な患者や家族に,いかに治療を進めていくのか。特に冒頭で提示される,20年におよぶ重症の過食嘔吐の女性に対する外来治療は圧巻である。そこには機械的な冷たさや教条主義は皆無だ。「Aさんは,一生懸命に食べ吐きの欲求に逆らおうと苦しんでいました。この食べ吐きの欲求に逆らおうとすることは,食べ吐きをやめるという治療に向けての大切な自発している行動であります」。患者がわずかでもできているところに丁寧に注目し,大切にして,そこから「目覚まし時計を使って食べ吐きの時間を区別する」という構造化の技法を用いる2 回目の受診の場面。行動療法の技法が,生きた人間である患者の「苦痛が少しでも軽くなり少しでも生きやすくなるという臨床の目的」につながる素敵な場面だ。
 新訂増補版には新たに「精神療法の治療作用―その今日的特性行動療法の場合」として30ページ
ほどの論文が追加されている。治療作用として「学習」に基礎をおいたこれまでの行動療法の理論枠から,「情報処理理論枠」に基礎をおいた認知行動療法理論枠が追加されて認知行動療法が普及し,その後再び「学習」に重きをおく方向への理論の強化や治療法の提案が増えてきている近年の状況が概観されている。しかし本書のハイライトはやはり実際の治療の描写だろう。著者も「行動療法は実際の臨床をとおすことで,はじめて臨床手段としてのいきいきとした価値と意味を発揮する治療法になる」と述べている。「方法」である行動療法に命が吹き込まれ,生きた「治療」が産み出されるその美しい光景は,いつまでも読者の心に残り,困難な症例に挑む臨床家達を勇気づけてくれるだろう。