日本の犯罪被害児・者に対する支援対策は,諸外国に比べて著しく遅れており,重視されるようになったのは90年代後半になってからでした。そのころから徐々に民間の被害者支援活動が活発化していきました。2004年にようやく犯罪被害者等基本法が成立し,犯罪被害者等の権利利益を保護することが明記されました。従来,加害者に比べて,被害者の権利やニーズがなおざりにされていた状況は,大きく前進しつつあります。一例として,刑事裁判における被害者参加制度や被害者等通知制度などの司法制度の充実が挙げられます。その一方で,実際に被害者のケアを担う被害者支援活動は,まだまだ部分的な支援しかできていない状況です。また,広報や啓発も限られており,被害者のおかれた苦しい状況は,一般の人にはあまり知られていません。多くの人にとって犯罪被害というのは非日常的なことであり,自分や家族の身には起こらないものだと思われています。そして,自分の身のまわりにいる子どもたちも,犯罪被害など受けていないはずだと思い込んでいます。そのため,マスメディアで取り上げられるような子どもの犯罪に対して,「専門家が関わる問題だ」と思いがちです。
 確かに,一般にイメージされるような重大な事件はそれほど多くありませんが,実際には日常生活のなかで子どもはさまざまな犯罪被害を受けていることを知っておかねばなりません。例えば,暴力について挙げれば,同級生からふるわれるものもあれば,上級生やよく知らない大人から,あるいは保護者やきょうだいからのものもあります。一口に暴力といっても,身体的暴力や心理的暴力,ネグレクト,性的暴力など,その内容は多岐にわたります。学校で問題になっているいじめ被害の一部は,犯罪として扱われるべきです。また,ヘイトクライムは,これまで「差別・いじめ」の文脈でとらえられてきましたが,犯罪のひとつとして厳正な対処が求められつつあります。しかし,こうした子どもの犯罪被害は,大人たちからは見えにくく,事件化されずに見過ごされたり,曖昧な指導で終わってしまったりすることもしばしばありました。
 最近,文部科学省も,いじめ対策のなかで「学校において生じる可能性がある犯罪行為等」として,暴行,傷害,強要,恐喝,窃盗,器物損壊等,名誉毀損,侮辱,強制わいせつ,児童ポルノ提供等を挙げ,指導が充分おこなえない場合,もしくは,生命,身体または財産に重大な被害が生じるような場合は,警察に連絡することが必要であると述べています。
 そのような犯罪にあった場合,子どもは自分の力でなんとかそれを乗り越えられることもありますが,被害の影響で,自信を失ってしまったり,周囲の人との関係がうまくいかなくなったり,勉強がおろそかになったり,学校に行けなくなったりすることもあります。さらに,将来においても社会に適応しにくかったり,感情が不安定になりやすかったりするなど,影響が長期にわたって及ぶこともあるのです。犯罪にあった子どもがどうなっていくか,それに大きく影響するのは,周囲の環境,つまり子どもを取り巻く大人たちの対応です。子どもはまだまだ自我が未熟であり,生活場面における関わりが重要となるため,一時的に関与する専門家よりも,いつも身近にいる大人たちの支えのほうが重要な役割を果すことも多いのです。ゆえに,保護者はもとより学校の先生や施設の職員などは,被害にあった子どもたちを支える中心的な存在といえます。日本の場合,学校の先生は子どもの性格や特性,家族背景などを把握していることが多いので,被害を受けた子どもにも関与しやすく,他の社会資源にもつなげやすい立場にいます。しかし,その反面,子どもの支援に対する過大な役割を期待される面があります。だからこそ,保護者や先生たちを支えるスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー,被害者支援センターや児童相談所,教育センター,医療機関,警察などと協力することが大切なのです。
 この本は,いわゆる被害者支援の専門家を対象にするだけでなく,こうした子どもの身近にいるさまざまな大人たちに向けて書かれたものです。子どもの身近にいる大人たちができることが具体的に書かかれており,被害を受けた子どもを支援する際に大変役立つはずです。本書が生まれた英国の状況と日本では法的制度や支援システムが異なるので,日本の支援現場にそのままあてはめられないところもありますが,子どもを支援するうえで考えるべき大切な点はほぼ同じです。日本の現状と異なる情報も,今後の支援のあり方を考える際にさまざまなヒントをあたえてくれるものでしょう。
 被害を受けた子どもは,なかなか自分の被害体験を打ち明けることができません。そのため,大人が見過ごしてしまっている被害がたくさんあると考えられます。また,もし,子どもが被害を訴えたとしても,大人の対応が不充分であり,加害側への指導や処遇が不適切であったために,被害が継続してしまう場合もあります。さらに,被害を受けたことによる不調や問題を自分でよく処理できずにより深刻な状況に陥ったり,自殺を考えるようになったりする子どももいます。こうした子どもたちをサポートするには,周囲の大人たちが,子どもの変化に気づき,状況を理解し,手を差し伸べる必要があります。この本で章ごとに書かれている「注意してみるべきサイン」を見逃さず,「あなたができること」を参照して,一歩踏み出しましょう。また,具体的な事例がたくさん紹介されていますので,それらを参考にしてイメージをつかむとよいでしょう。この本が目標としているところは,支援する人がひとりだけでがんばるのではなく,よりよい社会資源につないで,うまく連携しながら支援できるようになることです。英国と比べ,日本ではまだつなぐべき社会資源が充分ではありませんが,最近はさまざまなNPO活動なども広がっています。地域の社会資源を子どもとともに探そうとする視点も大切でしょう。それにより,支援者も社会資源を知ることで地域の強みを活かし,さらに支援者自身のネットワークを広げることにもつながるでしょう。

日本語版への序文
大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター
岩切昌宏