ストレスは,生きている以上,絶対にゼロにはなりません。ストレスを避けるのではなく,いかにそうした状況や自分自身をコントールしてストレスを軽減するか,これを目的に開発されたのがストレス・マネジメントです。
 本書は,著者の十数年にわたる研究および臨床経験から得られたストレス・マネジメント――自己診断とストレス対処法をまとめたものです。ストレスに関する専門書や教養書は多くありますが,本書のように自分で問題を明らかにし,ストレス・マネジメントができる本はほとんどありません。本書に収納されている多くの自己診断法とストレス対処法は,大変有用なものであると自分への実施や,ストレス・マネジメント講習会,大学での講義における体験などからも確信しています。
 この本の一番の特徴は,ストレスや心理診断法に関する専門的知識がない人でも,心理療法家や心理学の専門家の助けを借りずに,ストレスの自己診断とストレス対処ができるようになることです。
本書は,3段階からなっています。

1.ストレスとは何かを知る。(第1部)
   ↓
2.自分のストレス特性を知る。(第2部)
   ↓
3.ストレス対処法を知る。(第3部)

です。各章には,詳しい説明のほか,「ストレス自己診断」が付され,自ら質問に答えて行くことで,現在の自分の状態を把握することができます。
 紙と鉛筆(それから計算機があると便利かもしれません)を用意して,読み進めてください。

 第1部では,現代社会で注目を浴びているストレスの概念について学びます。何か生活に新しいことや変化があり,そのことに適応して行かなければならない時,人はストレスを経験します。ストレスは出来事,精神状態,身体的状態を含む「総合的過程」です。第1部の第1章においては,ストレスについて専門的理解を深めるとともに,ストレスとなる出来事であるストレッサーの種類とその特性について述べます。第2章で不安感,抑うつ感,怒りなどの精神的ストレス反応について,第3章では内分泌系,循環器系,神経系などが過活動状態になって起きる急性および慢性的な身体的ストレス反応について考えます。いろいろな自己診断により,自分の「総合的ストレス過程」において,どのような出来事がストレッサーとして健康に影響を及ぼし,どのような精神的・身体的ストレス反応が起きているか確認することができるでしょう。
 第2部では,ストレスに影響する個人差の要因について学びます。同じストレッサーを体験しても,プレッシャーと感じて精神身体的健康を害する人もいれば,チャレンジと感じ,生き生きと行動する人もいる――こうした個人差を考えていきたいと思います。第2部の第4章では,Lazarusのコーピングの基本的考え方,問題解決,積極的認知対処,ソーシャルサポート,自責,希望的観測,回避などのコーピング下位項目と測定方法,コーピングのストレス過程における役割について述べます。第5章では,虚血性心疾患などの発生に強く関係し,精力的,競争心,怒り,敵意,短気,仕事への熱意などに特徴づけられるタイプA行動パターンを紹介します。これに関連して,タイプB,タイプC行動様式についても学びましょう。第6章においては,自分を肯定的に感じ,自信や自尊心を持つことができる,ストレスに強い人格特性であるたくましい人格,自己実現,自己効力感について述べます。第7章では社会的興味,ソーシャルサポートや外向性を取り上げ,社会や人との係わり方とストレス過程との関連について知識を深めたいと考えています。第8章では,「楽観主義」と「完璧主義」といった期待に関連した2つの異なる人格特性を紹介し,抑うつ反応に代表されるストレス反応との関係ついて述べます。
 第3部は,いくつかのストレス対処法を身に付けるトレーニングの場です。第2部で述べたような個人的特性は,幼少期から長年にわたって形成されてきた人格が基礎にあるので,短い期間でストレスに強い人格に変えることは容易なことではありません。しかし,人格特性から生じるストレッサーの影響を強めてしまうメカニズムは,ストレス・マネジメント法を習得することにより改善することが可能です。第9章では,行動療法の代表的手法であるリラクセーション(弛緩訓練)とリラクセーションを発展させたイメージリラックス・トレーニングを習得しましょう。第10章では,問題への対処に有効な認知行動療法の技法である問題解決法とタイム・マネジメントを学びます。問題解決法は,問題への有効な対処法を段階的に模索し,多くの解決法の中から最適なものを見出し,実行するどのような問題にも用いることのできる技法です。タイム・マネジメントは,時間の使い方が下手で目的を達成できない人のための時間の上手な使い方習得法です。
第11章では,「Ellisの論理情動療法」の概念に基づく,「非合理な考えに打ち勝つ法」について学びます。第12章では,「Beckの認知療法」と「思考停止法」を紹介します。第13章では,対人関係におけるコミュニケーション術を身に付ける方法である,自己主張トレーニングと社会的スキルトレーニングを習得。第14章では,オペラント条件づけ理論に基づく自己強化と刺激統制によるセルフ・マネジメント法を紹介します。自己強化と刺激統制は,ストレスの原因を直接的に取り除くことができる非常に有効な方法です。
 また巻末には,研究者・専門家向けのものがほとんどですが,より詳しい情報を知りたい読者のために,本文で扱われているストレス自己診断,ストレス・マネジメント法などについての文献を紹介しました。
 第1章から順番に読んで行くことが,この本を最大に活用していただく方法ですが,特に関心があるテーマや自分にとって必要だと感じるところがあれば,その章から読んでも理解できるような構成にしました。先にも述べたように,各章の最後にストレス自己診断が設けられ,ストレスとなる出来事,精神身体症状,ストレスに関する個人的要因,さらにストレス対処に関係する要因などの診断方法が心理テストの形式で掲載されています。参考のために,各診断法に得点の解釈に関する情報を記載しましたが,この情報は,あくまでも研究対象となった集団の調査結果に基づくものであり,読者の環境や個人的特性により,得点の示す意味が異なる場合があります。この得点の評価については,あくまでも参考程度のものとして考えてください。それでも気になる結果が出た場合には,臨床心理士や精神科医などの心の専門家を訪ねてください。
 この本を書くにあたって,カリフォルニア州立大学大学院臨床心理コースで学んだことを基礎に,アメリカの学術雑誌に掲載した論文への査読者の指導やコメント,臨床心理国際学会の学会誌であるJournal of Clinical Psychologyの編集委員としての経験が大いに役立っています。
 現在,心理療法,カウンセリングが心の病の治療に重要なものだとしてもてはやされていますが,精神的不適応の予防および精神的健康の促進も大切です。ストレス・マネジメント教育を学校や職場において積極的に行うことは,学生や社会人の健康促進のために必要だと感じています。個人の精神的不適応の予防だけでなく,集団でのストレス・マネジメント教育に本書を役立てていただければと願っています。
 最後に,本書の出版に際してご尽力を頂いた皆様に対し,謝辞を表明させていただきます。

中野敬子