『ポール・ワクテルの心理療法講義―心理療法において実際は何が起こっているのか?』

杉原保史監訳/杉原保史,小林眞理子訳
A5判/400p/定価(5,200円+税)/2016年2月刊

評者 杉山 崇(神奈川大学)

 本書は斬新な心理療法の方法論を説くテキストではない。鮮やかに心理療法の本質を説く筆者P・ワクテルの視点は随所に発見できるが,これも本書の主目的ではない。
 著者が考える本書の主目的は第2部にあるようだ。ここでは二人のクライエント(患者)との都合3セッションにおける完全なる逐語録と,セラピストである著者のほぼ当時のままのモノローグが収められている。うち1セッションでは構造の問題もあり,クライエントの動機づけとセラピーがズレる場面もあるが,そこも包み隠さずに公開している。この第2部が200ページ以上のボリューム。つまり第2部が本書のコアだといえる。
 この試みは力動学派や認知行動療法の事例報告と対比させるとその魅力が増すだろう。理論体系やセラピー観がしっかりした事例報告ほど,理論体系通りに「鮮やかに」セラピーを抜粋し,「キレイに」展開したように見えてしまう(杉山・他,2007)。するとセラピーは「(専門家視点で)キレイに」展開しない(ことが多い)という本質が隠されてしまう。
 評者は心理療法には確かに科学的な本質が存在するが,セラピストの人間的な努力なくしては成立しないと考えている(伊藤・他,2011)。本書の第2部はセラピストのモノローグを通して「キレイに」展開しないという本質と,セラピストの人間的努力が詳細に語られているように評者には読めた。著名な心理療法家のP・ワクテルがこのような努力を行っているのである。評者を含めた無名の心理療法家は一層の努力が必要なことが身に沁みると言えるだろう。
 なお,第1部は多くの読者には心理療法の再発見に満ちている。今日までの心理療法の理論・方法史を著者P・ワクテルの臨床歴と絡めながら紹介している。特に著者は,患者は「ただ怖がっている」こと,そして秘めたる感情へのエクスポーズ,面接内と生活環境における相互作用に特に注目しているようだ。評者はこの視点に完全に同意するとともに,「記憶」という言語化を加えることを提案したい(杉山・他,2015)。「記憶」は単なる記録ではなく,私たちの過去と現在,未来をつなぐ一種の「物語」である。クライエントがどのような物語を生き,何に意味を見出し,周りの物語とどのように摩擦し,そしていかに展開しうるのか……。この観点から捉えるとクライエントの動機づけとセラピーがズレそうなときに人間的努力の質が上がる印象が評者にはある。著者P・ワクテルも言語化はしていないが,このことを意識しているように読めた。
 いずれにしても,本書は著名な心理療法家の「鮮やかな」セラピーではなく,セラピストとしての存在をかけた人間的努力が垣間見える良書と言える。独学で読むのも良いが,特に第2 部は研究会などグループで学習する際の資料にしてほしい。

文  献
伊藤絵美・杉山崇・坂本真士編(2011)事例でわかる,心理学の上手い活かし方.金剛出版.
杉山崇・前田泰宏・坂本真士編(2007)これからの心理臨床.ナカニシヤ出版.
杉山崇・越智啓太・丹藤克也編(2015)記憶心理学と臨床心理学のコラボレーション.北大路書房.

原書:Paul L. Wachtel : Inside the Session : What really happens in psychotherapy