『私の精神障害リハビリテーション論』

蜂矢英彦著
A5判/296p/定価(4,200円+税)/2016年5月刊

評者 野津 眞(東京都立中部総合精神保健福祉センター)

 昨年卒寿を迎えられた著者の,医師としての歩みを綴った回顧録であるとともに,「精神障害論試論」(1981)をはじめ,精神障害リハビリテーションの理論化に寄与した代表的な論文や講演録等をまとめた論文集である。おおむね年代順に三部構成になっており,第一部「戦後精神科医療の黎明期から沖縄体験まで」と第三部「病院精神科医療から地域活動まで」の最後の1編が自伝的部分で,第二部「精神障害構造論をめぐって」と第三部の残りが学術的部分である。各部末に置かれた「まとめに代えて」がこれらの著作の補足と背景説明になっている。
 第一部では,まず「戦後精神科医療の黎明期を生きて」と題された回想がある。千葉医大卒業後インターン中に肺結核に罹患したために,3年半にわたる闘病生活を送られた。回復された後,「命拾いした以上は,今後は分相応に生きよう」(p11)と覚悟を決め,「患者と共に歩める道」として精神科を選ばれたという。都立松沢病院に入局後,錚々たる先輩,同僚医師との交流を体験され(この頃のことは第三部の五「精神科臨床医の五〇年」に詳しい),都職員共済組合青山病院の神経科を経て,返還前の沖縄先島諸島への派遣体験までが語られている。
 昭和42年12月から翌年3月までの沖縄体験は,私宅監置患者への訪問・入院支援や,未治療で放置された患者のありのままの姿等が非常に強い印象を著者に与えた。「その後私に,『病院医療と,職域や地域を包括した仕事』を選ばせてくれたのは,このときの『沖縄体験』である」(p70)と言っておられるが,著者の若く清新な目に映った先島の人々やその生活のルポルタージュとしても,読者を引き込む魅力のある名文である。
 第二部には著者の精神科リハビリテーション理論の中核的な4論文が収められている。都立世田谷リハビリテーションセンター(中部総合精神衛生センター)所長として活躍された時の仕事である。精神障害者福祉施策における理論的根拠が薄弱であった当時,「疾患と障害の共存」というキーワードを世に出すとともに,WHOのICIDH(1980)における障害の三つのレベル,「impairment」「disability」「handicap」を敷衍して精神障害に適用し,それらに対するアプローチ方法等を論じた画期的な論文群である。時あたかも1987年の精神保健法改正前夜で,わが国の精神保健福祉行政の重大な転換期であったが,これらの論文のみならず,著者自ら国の公衆衛生審議会に委員として参加されたことなども,時代の変革に大きな貢献をしたのであった。
 第三部は東京都を退職された後,東京武蔵野病院で病院長を務められてから現在に至る足跡である。 「社会療法」の理念の下,病院職員から地域の支援関係者まで,広く力を結集した病院・地域連携の実践と,それを支える人材育成の実際等を読むことができる。沖縄体験からの長い道のりの先に,理想的な「病院医療と,職域や地域を包括した仕事」を追及されたのである。
 巻末におかれた寺谷隆子氏,栄セツコ氏との座談会記録は,打ち解けた雰囲気の中で昔話としてさまざまなエピソードが語られて,大いに興味をそそられる。3人の先達の方々の精神障害者への深い思いと,社会を変えていこうとする粘り強い意志とが,何とも言えず温かく頼もしい読後感を残した。
 精神障害リハビリテーション理論ばかりでなく,戦後の精神科医療・精神障害者福祉の歩みに関心をお持ちの方々に,是非お読みいただきたい一書である。