『ミルトン・エリクソンの催眠の現実−臨床催眠と間接暗示の手引き』

ミルトン・H・エリクソン他著/横井勝美訳
A5判/368p/定価(5,400円+税)/2016年5月刊

評者 大谷 彰(米国メリーランド州Spectrum Behavioral Healthサイコロジスト)

 本書はHypnotic Realities : The Induction of Clinical Hypnosis and Forms of Indirect Suggestion の完訳である。原著刊行が1976年であるから40年を経ているが,その価値は一向に衰えておらず,催眠を真摯に学ぼうとする臨床家および研究者には必読の一冊である。私事に触れて恐縮であるが筆者も臨床催眠技法の習得にあたり,1年ほどかけて本書を精読し訓練に励んだ。アーニー(アーネスト)・ロッシはこれを皮切りにエリクソンとのスーパービジョン記録をHypnotherapy : An Exploratory Casebook(1979),Experiencing Hypnosis : Therapeutic Approaches to Altered States by Milton H. Erickson(1981)として出版し,エリクソンのほぼ全著作を4巻本のCollected Works of Milton H. Erickson, M.D.(1980)として刊行した。ちなみに1976年以降の著作には前妻となったシーラ・ロッシの名前は見当たらない。
 本書が出版された1976年は全米にエリクソンと彼の催眠アプローチが爆発的に広がりつつある直中であった。1973 年に出版されたJay Haleyの「アンコモンセラピー」をきっかけに,1975年にはRichard Bandler とJohn Grinderによる2巻本The Structure of Magicがベストセラーとなり,「エリクソニアン」の名称が膾炙されると同時に,彼の催眠を言語理論視座から解明を試みるアプローチが人気を博した。これがNeuro-Linguistic Programming(NLP)である。こうした背景のなか,ロッシはエリクソン自身の言葉にコメントをつける,いわばエリクソン「お墨付き」の催眠技法とプロセスの分析を総括した。これが本書を初めとする一連のタイトルであり,エリクソンアプローチの核心を間接暗示(インディレクト・サジェスチョン)と利用技法(ユーティライゼーション)と結論づけた。
 本書のタイトルに間接暗示が見られるのはこうした理由による。テキストには時折エリクソンの言葉から離れ,ロッシ独自の見解を示す場面も散見できるがこれは仕方ないであろう。
 本書はいわゆる「エリクソン催眠」のテキストと誤解されがちであるが,催眠誘導に関心のある臨床家のみならず,心理治療における言語の役割,対人コミュニケーションに興味のある専門家にも大きな示唆とインパクトを与えるであろう。エリクソンの言葉遣いは精緻を極め,翻訳は至難の業であるが,読みやすく理解しやすいのは喜ばしい。翻訳者の横井勝美氏に拍手を送りたい。

原書:Milton H. Erickson, Ernest L. Rossi, Sheila I. Rossi : Hypnotic Realities: The Induction of Clinical Hypnosis and Forms of Indirect Suggestion