『薬物依存臨床の焦点』

松本俊彦著
A5判/184p/定価(2,800円+税)/2016年7月刊

評者 成瀬暢也(埼玉県立精神医療センター)

 わが国の薬物依存症の治療・回復支援は,海外の先進国に比べて悲しいほどに遅れている。
 薬物依存症の専門医療機関は全国に10カ所程度しかなく,専門とする精神科医も数えるほどしかいない。通常,患者や家族が治療を求めても,当然のように門前払いされる。まさにわが国の精神医療の極北と言っても過言ではない分野である。有名人の薬物使用に対する国を挙げてのバッシングに,治療の必要性の声はかき消される。薬物依存症は,「病気」ではなく「犯罪」としてのみ捉えられてきた。
 著者は,自傷・自殺の臨床・研究の専門家であり,薬物依存症臨床・研究の専門家でもある。この両者は多くの部分でオーバーラップしており,精神医療において避けられてきた分野である。この日陰の分野に果敢に取り組み業績を残してきた著者は稀有な存在である。
 本書は,このような著者の業績の一部である薬物依存症臨床に関する論文集である。海外の研究報告に倣うだけではなく,わが国にいかに還元できるかという視点に立った臨床研究が特徴となっているが,その業績の一つが,米国のMatrixモデルを参考に開発されたSMARPPである。これは,わが国の薬物依存症治療プログラムのスタンダードとして,現在,医療機関のみならずさまざまな機関に広がりつつある。
 本書では,このSMARPPに関する論文のほか,依存症と摂食障害,薬物依存と発達障害,薬物使用と自殺,処方薬乱用・依存問題,薬物問題の動向,危険ドラッグ乱用患者の臨床的特徴,物質使用障害の「自己治療仮説」,薬物依存とトラウマ関連,薬物依存症臨床における倫理など,さまざまな視点から薬物依存症の等身大の姿を明らかにしようと試みており,その試みは見事に成功している。
 一遍一遍の論文に貫かれているのは,患者の「苦痛」に共感し,理解を深めようとする著者の姿勢である。本書の一言一言が生きた言葉となって読者のモチベーションを高める。患者への共感がなければ,どんなに「高級な」臨床技法を説いたとしても受け入れられない。精神医療が避けてきたこの分野の中にこそ,臨床家として普遍的に大切なものがあることを,魅力的な語り口で小気味よく投げかけている。従来の精神医療では語られて来なかった視点から,新鮮な驚きを次々ともたらしてくれる本書は,読者にとって,まさに「目から鱗」の体験となることであろう。これまで忌避されてきた薬物依存症臨床とその周辺にこそ,魅力的な「宝物」が隠れていることを実感させてくれる。
 著者は,ときにわが国の精神医療や行政に対して怒りを露わにし,一向に改善のみられない薬物依存症治療・回復支援の窮状を憂える。その一方で,人並みならぬ行動力とアイデアで次々と新たな調査研究を実施し,説得力のある明確なメッセージを発信し続けている。
 本書は,薬物依存症臨床の優れた手引書であると同時に,その魅力を十分に伝えてくれる1冊であると言えよう。