同じ心理職といっても,日々の活動において心理検査をどの程度使うかは人によってかなりの違いがある。職域や職場,臨床心理学を学んだ場所の持つ文化,検査者の指向性や臨床経験によっても異なるから,心理検査をもっと使うべきだと主張するつもりはないし,逆にその価値を引き下げるような意見にも与しない。検査を受けることを望む人がおり,受けさせようとする人がいる。受けることが妥当なら受けてもらうし,そうでないなら(少なくともその時は)受けてはもらわない。受検者本人が拒むのであれば無理はしない。しかし,検査を実施するのであれば,その結果は何らかの形で受検者に返さねばならないし,援助を目的に検査をしている以上,その検査結果はその後の援助のために役立てられなければならない。
では結果のフィードバックにおいて,また検査結果の活用において大切なこと何か。それについては臨床的知見が集まりつつある。それが似たようなものになるのはおそらく自然なことだろう。ただ実践家として重要なことは,検査のフィードバックや活用の要点として語られることを,個々の事例の中でどのように具体的に展開させるかということだ。展開させる力を備えていることがこの場合の心理臨床家の力量であるし,それができてこそ,その要点も深みのあるものになる。
 「第1集」はお陰様で版を重ねた。それだけ,臨床心理検査のフィードバックやその後の活用について関心を持っていながら,それを学ぶ機会に恵まれずにいる人が多くいたということだろう。あれから7年が経過した。時代の影響なのか,「第2集」に取り上げられた8つの事例では,結果として,いずれにおいても知能検査・発達検査が用いられている。しかし,その使われ方は多様である。第1集では事例を職域ごとに分けたが,第2集では受検者の年齢順に並べてみた。臨床心理検査が年齢層にしたがってどのように使われ,活かされているかという観点から眺めてみることもできるだろう。
 フィードバックは,単にデータを伝達すればよいというわけではない。受検者にとって意義を持つように伝え,話し合いを通して受検者の自己理解を深め,支援者側の理解をさらに深めるような場とするには,面接技術が必要である。初心者にとってなかなか難しいものであることは間違いないが,それでも,それを日常の職務としている初心心理士たちがいるのだから,学ぶ機会を提供するのは,それなりの経験を重ねてきた心理士の責務だろう。
 心理士が検査を実施した後,面接技術を駆使してフィードバックを行い,その活用に努めるということは,心理士は単なる「臨床心理検査技師」ではないということである。第1集の読者には医師もおられたようであるが,このことは是非ご理解をいただきたい。そして,「詳しい所見を書いてもらっても,データだけしか見ない」などとおっしゃらずに,患者の心理的側面の個性を理解し,それを心理士と共有していただきたいと願っている。その分だけ,全人的な医療が前に進むことになると思うからである。
事例執筆者は臨床心理士資格取得後,数年から十数年になる人たちである。各事例の構成は第1集に倣っている。また,本書第1章に述べた「検査者の心理検査行動」を詳細に書いてもらっている。それはある意味,その事例における事例執筆者の「至らぬ点」も率直に見せることになるだろう。読者には,揚げ足取りのような読み方をすることなく,実践の難しさとして共有していただければと思う。事例執筆者はこの事例報告を書き上げて以降,もう既に成長を続けているはずであるから,どうか固定的な評価を下されぬようお願いしたい。
 守秘についてであるが,8つの事例のうち2つは受検者もしくは保護者の同意を得ている。その他の6例は創作例である。いずれの場合も所属長等に了解をいただいているが,無用の誤解を避けるため,創作例も含めて事例執筆者の所属先を明らかにせず,「精神科病院勤務」のように記載した。これも第1集と同様である。
 企画書を提出してから,完成まで1年半を要した。事例の掲載を承諾して下さった受検者の方々,筆者からの要望に付き合って,事例をより読みやすいものへと何度も書き直してくれた事例執筆者の皆さん,事例執筆の了解やご助言をいただきました事例執筆者の所属機関の所属長,上司,先輩方,守秘や版権の関連で僅かにしか提供されない検査データをもとにコメントをお書き下さったコメント執筆者の先生方,そして私も含めた大人数とのやり取りを一つ一つ丁寧に行ってくださった金剛出版出版部の高島徹也さんに御礼申し上げます。縁あって一緒に一つのものを作り上げられたことをとても嬉しく思っています。

2016年6月 竹内健児