『薬物依存症の回復支援ハンドブック-援助者,家族,当事者への手引き』

成瀬暢也著
A5判/230p/定価(2,800円+税)/2016年10月刊

評者 松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部)

 本書の著者である成瀬暢也先生はわが国で最も優れた薬物依存症専門医の一人であり,わが同志にして盟友でもある。特に最近10年あまり,学会のシンポジウム,厚生労働科学研究班,各種研修会で座をともにし,互いに患者を紹介し合ってきた。
 もちろん,お互いが,薬物依存症専門医という,わが国ではほとんど「絶滅危惧種」といってよい少数派集団に属していることも関係している。しかし,それだけばかりではない。「精神科医療関係者のあいだに広がる薬物依存症患者に対する偏見を減じ,支援者・理解者を増やす必要がある」という問題意識も共有しているのだ。
 なぜ薬物依存症に対する偏見を減じる必要があるのか。本書でもくりかえし言及されているように,
薬物依存症患者は精神科医療における「招かれざる客」であり,ともすれば「医療ではなく,司法の問題」という,一見もっともらしい弁明によって医療ネグレクトに曝されてきた。しかし,こうした思い込みが精神科医療の質を低下させ,精神保健行政を迷走させてきた面は否定できない。
 たとえば,薬物依存症に関する無知が,処方薬乱用・依存という医原病を多数作り出し,司法に対する無邪気な幻想が,覚せい剤取締法事犯者の高い再犯率を支え,あるいは,規制強化のたびに危険ドラッグの含有成分をより危険なものへと変化させてしまう,という,あまり知られていない皮肉な事態も引き起こしてきた。もはや取り締まりや規制,あるいは刑罰だけでは限界であり,いま求められているのは,薬物依存症に対する医療体制の拡充なのだ。
 さて,本書は,薬物依存症の治療・回復支援に関する,現状における最良の入門書だ。その理由は枚挙にいとまがないが,何よりもまず,著者が百戦錬磨の臨床家であることを挙げておきたい。著者はまちがいなく,わが国で最も多くの薬物依存症患者を診てきた精神科医の一人である。しかし,そのすごさは,診てきた患者の「量」ではなく,むしろ一人ひとりの患者とのかかわり方の「質」にこそある。そのことは,第4章「依存症の外来治療」を読めば一目瞭然だろう。そこで提唱されている「ようこそ外来」という治療理念には,薬物依存症だけに特化しない,精神療法の本質がある。
 若い精神科医に伝えたいことがある。もしも精神療法を学びたいならば,薬物依存症臨床に身を投じよ,と。なぜならそこは,とかく薬物療法一辺倒になりがちなわが国の精神科医療において,唯一,
「薬をやめる」ことを,患者だけでなく精神科医にも強いる分野,つまり,精神科医の「薬物療法」依存症を許さない分野だからだ。「伝家の宝刀」を抜かずに,徒手空拳で戦わなければならない状況は,精神科医を精神療法家として成長させる。そして,その際の導きの書となるのは,いうまでもなく本書だ。