『集団の経験−ビオンの精神分析的集団論』

ウィルフレッド・R・ビオン著/ハフシ・メッド監訳/黒崎優美,小畑千晴,田村早紀訳
A5判/200p/定価(4,200円+税)/2016年11月刊

評者 岡島美朗(自治医科大学附属さいたま医療センター)

 本書の原典は,W・R・ビオンが1943年から1952年に執筆した論文をまとめ,1961年にモノグラフ化したものである。1973年に邦訳されているものの,すでに絶版で手に入らなくなっているところを,ビオンの研究者として名高いハフシ・メッド氏を中心とするグループが新たに訳出された。そのご苦労に十分値する,精神分析に方向付けられた集団精神療法理論の古典中の古典である。
 ビオンによる集団理論の最大の特徴は,集団を二者関係の延長として理解しようとしたフロイトの見解を超えて,グループ独自の心理的動きを想定したことであろう。その中心概念は「作動グループ」(以下WGと記す)と「基底想定グループ」(以下baG)との対比であり,集団精神療法の領域ではしばしば言及されはするものの,理解することはなかなか困難である。そこでこの二つの概念を,本書の論述に沿って素描してみたい。
 WGとbaGは特定のメンバーを指すのではなく,グループにおける精神活動の一側面を意味する。個人の精神活動になぞらえれば,WGは自我に,baGはイドに相当する。WGは現実と関わりをもって課題の遂行にあたり,時間の流れと発達を意識するのだが,現実的に課題に取り組むWGはメンバーに苦痛をもたらし,それを回避するように強い情緒的衝動を伴った他の心的活動,baGが出現する。baGには「依存できるリーダーに扶養されるために集まった」とする依存的基底想定(以下baD),メンバーのうちの二人が問題を解決してくれるリーダーを生み出すと期待するつがい基底想定(以下baP),グループが何かと闘うために,もしくは何かから逃れるために集合していると考える闘争―逃走基底想定(以下baF)の三種がある。WGは常にどれか一つのbaGとともに現れるが,一つのグループのbaGは頻繁に変化,交代することもある。グループのなかではWG を妨害しないようにbaGを抑えていくことが必要で,そうした機能を特殊作動グループ(以下SWG)と呼ぶ。ビオンによれば,社会における組織としてそれぞれのbaGを担うSWGがあるとされ,baDを担当するのが教会,baPを貴族,baFを軍隊が担うという。さらに,他の精神分析理論との関連が検討されており,baGはフロイトが主張したような家族状況に対する反応ではなく,妄想−分裂ポジションにおける精神病的不安に対する防衛的反応と理解される。
 全体としてかなり抽象的ではあり,臨床例が豊富に紹介されているとも言い難いが,熟読すればグループのなかの出来事がありありと思い浮かぶ記述である。内容の難解さからか,翻訳がこなれない部分もないではないが,集団精神療法を志すのであれば,難解さにくじけず,繰り返し精読する価値がある。本書の刊行を見ずに逝去されたハフシ先生のご冥福をお祈りします。

原書 : Bion WR : Experiences in Groups and Other Papers