『解離の舞台−症状構造と治療』

A・C・モス,K・R・ダイヤー著/橋本 望訳
A5判/200p/定価(2,800円+税)/2017年1月刊

評者 福井義一(甲南大学)

 本書を読了して,またもやダウンを喫してしまった。前著である一般書『解離性障害』(筑摩書房)と専門書『解離の構造』(岩崎学術出版社)で,著者の解離性障害に対する独自かつクリアカットな理解と,解離を抱えて生きる患者に対する透徹でありながら優しい眼差しに,2度のダウンを奪われて以来,評者の解離性障害に対する理解と研究の方向性,臨床実践は根本から変わってしまった。そのうえに,本書である。3度目のダウンでTKO負け確定である。
 本書は解離についてのいわゆる一般書ではない。解離性障害の患者との臨床実践のなかから得られた経験,着想,気づきから生まれたものである。内容は,5部(解離と時代,解離の症候と構造,幼少期と夢,解離の周辺領域,解離の治療論),19章からなり,どれも珠玉の逸品である。「解離と時代」では,解離概念やその表現形の変遷について,「解離の症候と構造」では,解離性障害の患者が持つ主観的な体験とその背景にあるメカニズムについて,「幼少期と夢」では,解離の病因や幼少期体験,空想との関連について,「解離の周辺領域」では,境界例や自閉症スペクトラム障害,統合失調症との異同や鑑別について,「解離の治療論」では,文字通り治療の進め方の指針とその根拠が述べられている。
 本書が素晴らしいのは,解離性障害の患者との日常臨床の積み重ねから得られた気づきが,美しい構造を持って呈示されていることである。例えば,解離性障害の患者が持つ主観的体験は,同列に羅列されて現象学的に記述されるのではなく,背後にある空間的変容と時間的変容の軸や離隔の程度,意識水準などの,明確な構造のなかに整然と位置づけられている。これが解離性障害に対するクリアカットな理解と周辺の解離関連事象との峻別を容易にする要訣であろう。著者の文章を読んで感じるある種の美しさは,地中の凄まじい高温高圧を受けて結晶化したダイヤモンドを思わせる。同じ臨床経験を重ねたとしても,著者の内部ではかのような美しい結晶構造ができるのに対して,凡人であればただの灰燼と化していたに違いない。本書は著者の非凡さと熱情がなせる技であろう。解離臨床に関わる臨床家や,解離の研究者だけでなく,広くこころの問題に関心を持つ読者に勧めたい。
 本書の読みどころをひとつだけ挙げるのは難しいが,あえてひとつ選ぶとすれば,意表を突いてW部の13章「解離型自閉症スペクトラム障害」ではないだろうか。著者は,「定型発達者とASD患者のあいだでは自己のあり方が異なるため,彼らに見られる解離症状に微妙な差異があることはむしろ当然であろう」(p.192)と述べ,その違いについて精緻に検討している。こうした試みは本邦のみならず,まだほとんど議論の俎上に載せられていない。評者の臨床での実感を言語化してくれて,膝を打つように理解が進んだ。まだ,精製の途中である印象を受けたが,これからさらに充実していくテーマであると思われる。著者の鉱脈からは,まだまだ多くの輝ける原石が産出されそうである。
 蛇足ではあるが,評者は著者のアイデアにインスパイアされて,恐れ多くも解離の主観的体験を測定する尺度を作成してしまった。しかし,本書の巻末には著者の手による「解離の主観的体験チェックリスト」が付されているではないか。評者は著者を,いわゆる縦書きの本を書かれる先生だと勝手に思い込んでいたのだが,横書きの発想や方法論も豊かにお持ちであることを知り,まさに汗顔の至りであった。伏して寛恕を乞う次第である。今後は,本家のチェックリストの使用を推奨しよう。