このたび,4年前にGeraldine Thomasと共に著した本書の日本語版への序文を書くことを喜ばしくまた光栄に感じている。本書の邦訳の出版は,ほぼ20年にわたってロンドンと日本の大学が学問的に手をたずさえて,母親と乳児と家族のためにアタッチメント理論を発展させ,研究と臨床実践を重ねてきたことのあかしである。
 私が初めて吉田敬子先生と会ったのは,1998年,EUにおける産後うつ病の研究プロジェクトにおいてだった。この研究は,ロンドンのキングスカレッジの精神医学研究所の周産期部門および精神科母子クリニックにおける長であった偉大なChanni Kummar 教授の指揮のもとに行われた産後うつ病比較文化研究(Trans-cultural Study of Postnatal Depression:TCS-PND)である。吉田先生は,1990年から7年間,この部門において周産期専門の精神科医および研究者として仕事をしておられ,TCS-PNDに参加するように要請を受けて参されたのである。このEUのプロジェクトは,EUの中の複数の地域にまたがって,妊産婦と乳児の評価尺度を調整することを目的とするものだったが,同時に,吉田先生の研究チームが日本における研究基金により研究を進め,アジアにもその範囲が拡張されたのであった。
 私とモントリオール出身の同僚,Odette Bernazzani教授の役割は,私が研究部長をつとめていたロンドンのロイヤル・ホロウエイ大学の社会医学研究グループで開発した面接方法を使いこなせる国際的なチームを指導することだった。私たちの研究は,医学研究協会の基金によって,うつ病の心理社会的脆弱性を探求していた。私は,アタッチメント・スタイル面接(Attachment Style Interview :ASI)という研究チームで開発した評価方法を訓練するためにEUのプロジェクトに参加した。訓練は全員が熱心に参加し活気と熱気に満ち溢れたものであり,研究チームのメンバー(多くは研究者であると同時に臨床家でもあった)は,素晴らしい直観と科学的な勘によりASIを身に着けていった。吉田先生はこの最初の研究チームの一員であり,私たちは,アタッチメントの理論,研究,評価,介入を様々な国や地域の妊産婦とパートナーと乳児のために,より広く使えるものにしたいという目的を共有し,堅い友情をはぐくんでいった。この研究プロジェクトからは,Channi Kummar教授の素晴らしい指導力のもとに,数多くの優れた研究が生み出された。Kummar教授は研究プロジェクトの成功を見ながら,2000年に突如逝去されたのだが,研究チームは結束してその仕事を継続することを決意した。Maureen Mark教授が研究を完成させ,出版を確かなものとした。
 その後8年にわたり,吉田先生は九州大学病院児童精神科の同僚と共に丁寧にASIおよび訓練のための資料を日本語に翻訳し,私と吉田先生は連絡を取り合ってきた。吉田先生はASIのトレーナー資格を取得し,吉田先生の訓練を受けた林先生もトレーナーとなった。吉田先生と林先生は高い信頼性をもってASIを用い,細心の注意を払ってそれぞれのアプローチで研究に貢献している。2008年には「ASI-J(日本ASI)研究会」が九州大学病院の児童精神科(吉田敬子先生)において正式に発足し,後にその事務局は立教大学(林もも子先生)のところに移った。
私は2008年6月にASI-J研究会発足を祝して訪日し,九州大学病院(福岡)および立教大学と大正大学(東京)においてアタッチメントの研究とASIについての講演会を行うことができた。夫と娘も日本に行ったことがなかったので,共に日本を訪問した。それは素晴らしい旅であり,私たちの家族はまさにアタッチメント・システムが働くことを実感した!日本ではあたたかいもてなしを受け,いっそうよい旅となった。
 2008年以降,ASI-J研究会は,毎年ASIのトレーニング・コースを開催している。今日までに360人の日本の臨床家や研究者が入門コース(コース1)に参加し,146人が中級コース(コース2,3)に参加している。ASIを研究や臨床に用いる資格を得た(コース4)人は20人であり,日本では主に精神医学および心理学の研究においてASIが用いられている。吉田敬子先生,林もも子先生,池田真理先生,および研究助手,修士課程の学生などがASIを乳児との相互作用とアタッチメントの関係を検討する周産期研究,青年期や早期成人期のアタッチメントを検討する研究などを展開している。
 日本における研究は大いに成功をおさめ,さらに児童虐待の問題に取り組む臨床応用と研究の領域への拡大が計画されている。非安心型のアタッチメント・スタイルは,母親や父親が子ども時代に虐待を受ける原因であると同時に,母親や父親と乳児との相互作用の問題ひいては児童虐待を予測するものでもある。児童虐待は国際的にも関心が高まっている大きな問題であり,ASIをこの問題に対して用いることにより,アタッチメント関係を理解し児童虐待の危険がある家族を援助することができる。今日,日本政府の主導で,産婦人科医,助産師,保健師,小児科医,心理師,精神科医,社会福祉師などの幅広い専門家を含む予防および早期介入の計画が進められている。これらの専門家の全ては,アタッチメント理論を含んだ新たな精神的健康の評価とメンタルケア・プログラムに関わる可能性がある。専門分野や国を横断して用いることができる評価方法というChanni Kummarのビジョンは達成されつつあるといえよう。
 吉田先生,林先生,池田先生とASI研究チームが本書の翻訳にその専門性と努力を注いでくださったことと,これによって日本における母親と乳児へのアタッチメントの応用が重要な歩を進めることになったことに感謝する。今後も日本の研究チームと協働していきたい。

ロンドン,ミドルセックス大学,虐待およびトラウマ研究センター副所長,ライフスパン心理学科教授,
アントニア・ビフルコ
2016年7月