まえがき

 投映法としてのロールシャッハ・テストは,わが国の心理臨床場面で広く用いられている。このロールシャッハ・テストの創始者であるスイスのヘルマン・ロールシャッハ(Hermann Rorschach)が夭折したこともあり,テストに用いる図版は同一であっても,理論的基礎・実施法・解釈法・適用場面などのすべてにわたり,多様な方式に発展していった。ロールシャッハ・テストはベック(Beck, S.)が紹介したアメリカで特に発展し,その中でもベック(Beck, S.),クロッパー(Klopfer, B.),ピオトロスキー(Piotrowski, Z.),ヘルツ(Herz, M.),ラパポートとシェーファ(Rapaport, D. & Shaffer, R.)が別個に臨床と研究を行い,この5つの学派がそれぞれ異なる体系として用いられていた。そこでエクスナー(Exner, J.)は最も実証的で最も臨床に役立つロールシャッハ・テストの体系の構築を意図し,アメリカにおける主要な上記の5つの学派を比較検討し,信頼性と妥当性のある方式として1974年に包括システム(Comprehensive System)を作成した。さらにエクスナーは多くの臨床家や研究者の実証的研究によって体系を発展させようと1997年にロールシャッハ研究会議を創始したが2006年に逝去した。エクスナーの構築した包括システムはメイヤー(Meyer, G.)たちにより2011年のR-PAS(Rorschach Performance Assessment System)に結実し,包括システムの研究と発展は現在も続いている。なおわが国のロールシャッハ・テストにおいても同じような傾向が見られ,外国の体系を用いる臨床家もいれば,修正して用いる臨床家もいる。こうした中で片口法・名大法・阪大法が特に知られているが,積極的な互いの交流がないのが実状である。
 包括システムの邦訳については,エクスナーの1974年の『The Rorschach:A Comprehensive System』「初版」が改訂され「第2版」となったものを,『現代ロールシャッハ・テスト体系』上下2巻として,高橋雅春・高橋依子・田中富士夫と秋谷たつ子・空井健三・小川俊樹の監訳で行われ,さらに2003年に改訂された「第4版」は中村紀子・野田昌道監訳により『ロールシャッハ・テスト:包括システムの基礎と解釈の原理』としていずれも金剛出版より刊行されている。
 かねてから包括システムに関心を抱いていた本書の3人の著者は,邦訳以前からこの体系をわが国の健常成人やさまざまなクライエントに試行してきたが,その資料を1986年の第2版や2003年の第4版に基づき,日本人の資料として発表すると共に,より多くの被検者に包括システムによってロールシャッハ・テストを行ってきている。その経験からロールシャッハ・テストの変数の解釈仮説は,同じようにわが国に適用できるが,すでにアベル(Abel, T., 1973)が述べ,ワイナー(Weiner, I., 2003)もいうように,知覚の仕方が文化に影響されることを否定できないと考えてきた。例えば全体反応(W)の比率や平凡反応(P)などはその顕著な違いである。そこでわれわれは,わが国の健常な成人資料を収集し検討した結果を2007年に『ロールシャッハ・テスト解釈法』として金剛出版から発刊した。
 本書はこの書物で用いたわが国の健常成人の400人(男性200人・女性200人)に関する,包括システムによる変数の統計値の詳細を表と図によって明らかにしたものである。したがって臨床家や研究者が,わが国で実施した包括システムの結果を解釈したり,臨床場面で得た被検者の数値と比較検討することができると思われる。本書を読み,自分の得た資料の数値と比較対照されたい読者は,著者に一応連絡の上,本書のすべての数値などを自由に使用していただければ幸いである。本書も著者3人の臨床・研究に基づくが,特に本書は西尾博行が数値の検討や表と図の作成に当たったものであり,共著者として同氏の長時間にわたる労苦に感謝したい。
 さらに本書出版に当たり金剛出版出版部の弓手正樹氏に,いろいろとお世話になったことに心から感謝したい。

2017年1月1日  高橋雅春