監訳者あとがき
 本書の第一版とのご縁ができたのは,著者がアメリカの滞在中の2010年のことであった。教育場面での認知行動療法に関する研究を進めていた者にとって,本書が非常に興味引かれる内容であったことは言うまでもない。その間,フィラデルフィアに住んでいたこともあって,Philadelphia College of Osteopathic Medicineを訪問した際,当時在籍していた鈴木貴子先生より,著者の一人であるメヌッティ先生をご紹介いただいた。その際に,第二版の紹介と翻訳についてのご示唆をいただいたのである。その後,意気込んで帰国したわけであるが,ひとえに小生の力不足ゆえに出版にこぎ着けるまでに多くの時間がかかってしまった。この場を借りてまずはお詫び申し上げたい。
 気を取り直して,あとがきに代えて本書について少し解説を加えたいと思う。本書は,各テーマを専門とする著者による独立した章から成り立っている。そのため,興味のある章から読み始めてもらっても全く問題はない。とはいえ,本書の全体像を把握する上では,第1章から第3章を先に読んでいただくとよいだろう。第1章では認知行動療法の基本的なモデルが示されている。認知行動療法に馴染みのない読者にとっては,まずは第1章から始めていただくことをお勧めしたい。第2章では,認知行動療法を学校システムにどのように適用するかが議論されている。そのため,メンタルヘルスを高める取り組みの導入を検討する立場にある実践家も研究者にとって有用な情報が含まれている。第3章は事例概念化,すなわち認知行動療法でどのように事例を理解し,支援方略を立案するのかという点についての包括的な議論がなされている。おそらく,「第1章に書かれていることは十分承知!」という方から「実証に基づく心理社会的技法って何?」という方まで,児童生徒と向き合う機会のあるすべての支援者にとって有益な情報が含まれているだろう。そして,第4章から第13章までは,学校で出会うことの多い心理的問題,発達的問題,そして生徒指導上の問題がまとめられている。読者の皆様が担当されている事例,あるいは学校全体として重点的に取り組むべき課題に合わせて読み進めていただければ幸いである。なお,各章を読み比べていただくと,エビデンスの蓄積や学校での適用の実績において,さまざまな違いが見とれるため,認知行動療法の現在とこれからが浮き彫りになってくるだろう。一方で,それぞれの著者による微妙な表現の違いや,形式の違いなどが散見する点についてはご容赦いただきたい(本書を通じて用語の統一には尽力したつもりであるが)。
 また,本書を活用していくためには,わが国とアメリカの臨床心理学の専門家の養成システムや学校臨床サービスの違いについては留意しておかなければならない。とはいえ,本書の中で議論されている内容は,日本の教育現場で認知行動療法を実施する際の現状と課題に読み替えることもできる。本書では「学校場面への示唆と応用」という項で,認知行動療法をどのように学校で根付かせていくかという点について議論している。この背景として,実証に基づく心理社会的技法に習熟している心理学の専門家と,学校場面でそれを活用する人材が必ずしも一致しないという点が挙げられる。国やシステムの違いはあるにしろ,この課題は万国共通の課題である。そのため,本書は,今後ご自身の教育現場で機能分析を活用する際,エクスポージャーを導入する際,問題解決技法を用いる際,あるいは学校レベルのメンタルヘルスプログラムを実施しようとする際,直面しうる課題を予測しているともいえるのだ。認知行動療法は科学者実践家モデルに基づいている。そのため,学校での認知行動療法の実践においても,「巨人の肩の上に立つ」という姿勢で,これまでの知見をフル活用していただければ幸いである。
 最後に,本書の出版にあたっては,金剛出版の立石正信氏に心より感謝申し上げたい。氏の継続的,かつ忍耐強いサポートがなければ,こうして読者の皆様のお手元に本書が届くことはなかった。奇しくも,序文の中でジュディス・S・ベック先生が述べられているのと同じように,本書が学校での認知行動療法の教育,普及,定着に少しでも貢献できれば,監訳者として幸甚の至りである。

監訳者を代表して
同志社大学心理学部教授 石川信一