「まえがき」より抜粋

 これは,描画テスト,描画療法について,私の臨床の体験の中で,学び,教えられたことの一部をまとめたものである。
 その昔,私が意気込んで心理テストの勉強を始めたころ,描画についてはいくつかの素朴な疑問があった。
 第一に,同業の若手の中で懸命に描画の勉強をしている人は大勢いたが,ベテランとなるとそれをメインにやっている人があまりいないように思えたことだった。加えて,描画の入門書や入門講座はたくさんあるのに,入門の少し後のことになると急になくなってしまうように感じたことも不満であった。
 第二に,一口に描画と言っても,人によってまったく異なった立場で使われているということだった。テストとして極めようとする人。時間が余ったら実施する人。治療面接の中で実施する人。家族療法の中で使う人。とにかくさまざまな立場の人が「描画」という同じ土俵でいろいろなことを言うものだから,私としては非常に混乱した。
 棲み分けるにしろ,統合するにしろ,そうした立場の多様性についてきちんとした発言が聞きたかった。そして初歩的な解釈仮説や原則を学んだ後に,どう勉強すればいいのかも教えてほしかった。できれば中堅実務家で長期間にわたって嬉々として臨床で描画を使っている人から経験談や課題の変遷などについても聞いてみたかった。
 そうこうしているうちに,自分自身が歳をとってしまった。少なくとも「若手」ではなくなってしまった。少年鑑別所,少年院,刑務所といった非行・犯罪臨床の本務に加えて,クリニックや家族療法の相談室などの面接も体験させていただいた。勉強会の講師としていろいろな臨床領域の絵も見せてもらう機会にあずかった。
 そこで,昔の問題意識に照らして,私なりに描画の入門編とその少し後の事柄についてまとめてみようと思うようになった。それはさまざまな描画テストや描画療法が私の中でどう発展し,どう連続しているのかを振り返える作業でもあった。鑑別所での描画テスト。家族療法の訓練。少年院での描画療法の実践。私にとっては思い出深い体験の一つ一つである。
……
本書は真夜中の少年鑑別所寮舎を後にするところで終わっているが,決して完結したものではない。本書での私の報告の続きの部分(中級編,上級編)は,読者それぞれの体験をもって補完していただければ幸いである。