「三回目のあとがき」より

 『悲劇の発生論』は,もともと症例を引用するにはまだ経験が浅すぎた私が,昔話や神話を素材として十分に臨床的なことが語れることを示したものである。しかし今,本書の誕生からの15年くらいを振り返ってみると,見事に,臨床に携わる私の考え方の出発点となっていることが分かる。
 第一に,「日本の心」と言われるものや日本人の外国人との違いを,たとえ文化論と言われようとも,無視しないし,積極的に活用するという態度がこれによって確立された。本書の内容を踏まえた研究では,私はたとえば恥の発生論やその取り扱いのための技法論を展開しており,現在では日本語臨床という学問的な流れへとつながった。
 第二に,この度写真入りで追加された「〈共に眺めること〉と〈浮かんで消える〉」では,神話や昔話という「語られた過去」に浮世絵の「描かれた過去」を加えることで,立体的な描写が可能になった。これで,急激な幻滅の悲劇に対して,「はかなさ」の体得という成熟要素を対置できたと思う。
 第三に,これらの多くが英文で発表されていて,欧米の研究者との意見交換によって,意外な展開,大きな可能性が生まれつつある。日本人の心を曖昧として隔離するのではなく,主体的に自己紹介していくという意味でも,私のライフワークのひとつとなりつつあると言えるだろう。
 第四に,繰り返しになるが,自己分析の深まりである。活字を介した交流についての私の思い入れは,予想できないくらいに高まることがあるが,ときになかなか客観的に見つめにくいものである。今回は,妙木浩之先生の論文を解説として掲載でき,より納得できる形でその部分にも読者に触れてもらえるようになったと思う。