まえがき

 食行動の異常と専門家に呼ばれる摂食障害者の症状は,障害者にとっては宝物である。掌中の珠である。この宝物は,次第に当人にとっても重荷とはなってくるものの依然として宝物であることには変わりはない。だから稀にではあるけれども生命とひきかえに宝を守る者も出てくる。症状とみなされるこの宝の性状の詳細を識り,その大切さを当人にとことん教えてもらわなければ,治療は進められない。治療とは,この宝物をごく少しずつ削ぎ落としてもらう工夫のすべてである。当然それは当人には少なからぬ苦痛を味わわせることになる。そして治療につれてみすぼらしくなっていくとしても宝は宝。ひきつづきこれを丁寧に大切に扱わねばならぬ。
 症状には取り合わない。必ず症状以外のことを話してもらうという専門家の意見をどこかで聞いたことがあるような気がする。このような宝を無視するやり方で成果を得るためには,よほどの力業を必要とするであろう。
 摂食障害者の症状は,治療者にとっても宝であり,この宝の中には,治療への糸口がいっぱい収まっている。私も含めて平均的な治療者は,これらの糸口をたぐりながら治療をすすめていくことがもっとも無難であろう。
 本書は,『アノレクシア・ネルヴォーザ論考』に続く摂食障害に関する私の第二論文集である。このうち第一章は書下ろしのエッセイだが,座談という見出し通り,実は編集者に書きとめていただいた話の内容である。そうした性質上,論旨が粗いかもしれないが,それだけにごく最近の私の考え方があらわに出ているかもしれない。
 各章は年代順に並べられてはいない。当然のことながら,そのときどきの見方がのべられており,通覧されると,私の見方の中に微妙なずれを看取されるかもしれない。その時はお手数ながら巻末の初出一覧をご覧いただければ有難い。
 書肆の意見に従って,「摂食障害治療のこつ」と題したが,3章,7章,9章は,摂食障害の精神病理といってよい。3章の「摂食障害と強迫」,9章の「摂食障害者の家族補遺」とには共通性があり,前者は主に患者自身の強迫性について詳しく論じているが,後者は患者の家族の強迫性に言及している。患者とその家族の強迫性を微細にわたって,それこそ強迫的に理解していくことは,治療のこつの一つである。したがって両章は場違いではなく,最初にお読みいただいてもしかるべき部分である。
 7章の「父親の態度に照らしてみた摂食障害の発達の病理」は,父親の問題性に留目した論文であり,これを三世代にわたって取扱ったところに若干の新味があるかもしれない。父親のみせる目下の問題点は認識しながらも,父親のプライドを決して傷つけることなく家族面接に参加してもらえるさまざまな工夫も治療のこつといってよい。なお本論文の筆頭著者は,束原美和子氏である。本書への収載を許可された同氏に感謝する。
 右の章以外は治療論が主となっている。
 2章は,故吉田哲雄先生の肝煎りで,東大の山上会館で行った講演である。他の論文に比べて新味は乏しいかもしれないが,吉田先生を偲んで捨てるのにしのびなかった。先生は神経病理が専門だが,晩年,心理療法の必要を感じられて,私のクリニックの研究会にしばらく参加されていたのである。
 4章の「アノレキシア・ネルヴォーザ覚書」は,まだ家族同席面接を本格的には行っていなかった時代のエッセイで,半端な家族面接であった。そのための失敗も書かれている。重症度の分類私案も載せているが,出来がよいとはいえない。しかしあえて訂正はしなかった。
 4章の対をなす6章の「過食症に対する外来心理療法の原則」は,その冒頭に述べてあるように単行本『過食の病理と治療』(金剛出版)の中の「ブリミア・ネルヴォーザ治療覚書」の縮小扁の趣きがある。それだけ簡明にはなっているが,右記のオリジナルの「覚書」もあわせてご覧いただければまことに有難いと思う。
 6章の「神経性無食欲症に対する常識的家族療法」は,家族面接に打込んで,その成果に酔っていた時期に書いた。その故か楽しんで書いた記憶が残っている。
 8章,10章,11章は表題通りの内容である。近頃は,摂食障害についての心理教育はそこここで盛んだが,8章のエッセイが日本ではその先駆ではなかろうか。11章で扱ったテーマは,昨今ますますその重要性を増してきたと思われる。
 この第二論文集に,あえて収載しなかった論文が一つある。「現代女性の位置と摂食障害」(精神医学,31巻6号,1989年)である。実はこの論文は,拙著『拒食と過食の心理――治療者のまなざし――』(岩波書店,1999年)に大幅に引用したので割愛した。ちなみにこの書は,摂食障害に対するこんにちの私の見方を集大成したものである。私の第一論文集は目下絶版であり,この最近の単行書は,本書の姉妹書の役割を果すことができると信じる。
 私の治療論は,日々の経験を吟味することによって成立っている。内外の文献に依拠することはきわめて稀である。したがってひとりよがりに陥っていないかをおそれる。読者の方々の存分なご批判をいただければ幸である。……(後略)

平成13年晩春 下坂幸