はじめに

 今から三十数年前,筆者が精神科医になった頃は,対人恐怖は日本特有の病態であると教えられた。そして,なぜ日本特有であるかという理由について,日本の社会文化的特徴や日本人の国民性から説明されていた。「和を以って貴しと為す」「自己主張より他者配慮」「個人主義より集団主義」その他さまざまな論説がみられた。そのため,対人恐怖は日本人論の格好のテーマであった。
 その後,欧米の診断基準に社会恐怖や社会不安障害という概念が登場し,事情は一変した。しかし,最近社会問題になっている「ひきこもり」との関連から,対人恐怖はまだまだ現代日本社会の病理性に関連した特有の病態であることが,再認識されつつあるように思われる。

 序章の「変容する社会と青年期心性」は,対人恐怖やひきこもりなどの青少年が生まれる社会的背景について論じた。現代のマスメディアでさかんに報じられる青少年問題などについて,個人や家族の要因だけではなく社会的要因との関連から複眼的に理解しようと試みた。
 対人恐怖の臨床,診断,治療などに関心がある方,つまり「対人恐怖とは何か」ということにまず興味のある方は,この序章は読み飛ばしていただきたい。

 第Ⅰ部は対人恐怖の概念や診断について述べた。
 第1章「対人恐怖の概念と臨床像」は,日本の対人恐怖の概略とその臨床研究の概要をまとめた。まずここで理解していただきたいことは,日本の対人恐怖研究では,「自分だけが悩む」ようなタイプの対人恐怖だけでなく,「他人に迷惑をかけることを悩む」ようなタイプの対人恐怖に研究者の注目が集まり,その診断や治療についての臨床研究が数多く行われてきたことである。
 ところで,すでに述べたように,対人恐怖は長い間,日本特有の病態と考えられてきた。しかし,1980年に米国精神医学会の診断分類(DSM)に社会恐怖が登場してから事情が大きく変化してきた。さらに,1992年にWHOの診断基準(ICD)に社会恐怖が採用されてからは,新しい薬物療法との関連で海外での研究や報告例が増加してきたのである。
 第2章「対人恐怖から社会恐怖へ」は,対人恐怖と社会恐怖が本当に同じ病態かどうか,その異同に関して論じた。
 第3章「社会不安障害(SAD)の概念および定義」は,社会恐怖が急速に社会不安障害と言い換えられる経緯について簡単に説明した。
 第4章「対人恐怖と不安」は,対人恐怖にせよ社会恐怖にせよ,この病態の根底をなしている不安と,その二次的問題としてのひきこもりについて再確認するために論じた。
 第5章「醜形恐怖の病理とひきこもり」は,対人恐怖の概念の中ではかなり特異的な病態と考えられる醜形恐怖を詳しく紹介し,ひきこもりなど逃避的生活が人格発達に与える影響について述べた。

 第Ⅱ部は対人恐怖の治療論である。
 第6章「対人恐怖の外来精神療法」では,筆者の治療技法をできるだけ詳細に紹介した。もちろんこれは筆者が考案した技法というよりも,多くの治療者が用いている常識的な外来精神療法とお考えいただきたい。
 第7章「対人恐怖の外来薬物療法」では,最近の新しい薬物療法とくに新しい抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)によって改善した症例を提示し説明した。それは対人恐怖とうつ病の関連を考える上でも貴重な症例であると考えられた。

 第Ⅲ部は臨床編として対人恐怖の多様な病像について説明した。
 第8章「中年サラリーマンにみられる会議恐怖について」は,中年サラリーマンとくに管理職に昇任した人に多い会議恐怖について紹介した。どの症例も対人恐怖の治療によって短期間で劇的に改善した。
 第9章「思春期にみられる神経性頻尿」は,従来は泌尿器科の心身症として扱われていた神経性頻尿の中に,対人恐怖の亜型として把握したほうがよい症例が存在することを述べた。
 第10章から12章の「対人恐怖の後に統合失調症を発症した症例」は,対人恐怖と統合失調症の関連を論じた3部作である。対人恐怖は精神病とはまったく異なる神経症レベルの病態であるが,対人恐怖の経過のなかで統合失調症を併発する症例や,あたかも対人恐怖のような訴えをしながら,発症当初から精神病が存在する症例が存在することを実証した。
 第13章「自己の発する音に悩む症例」は,自己臭恐怖や自己視線恐怖などと同じ病態構造を有するもので,筆者が「自己音恐怖」と総称して報告した一群である。
 第14章「独語妄想の臨床的特徴」は,神経症レベルの独語恐怖だけでなく,精神病レベルの独語妄想を理解していただくために論じた。この病態は臨床的に稀なだけに,かなり専門的な領域とお考えいただきたい。

このように,本書をお読みになる方は,対人恐怖は,神経症レベルにとどまるものから,統合失調症やうつ病との関連があるもの,さらには人格障害との関係を考えるべきものまで,きわめて多様な病態であることがおわかりいただけると思う。
いずれにしても,本書が対人恐怖や社会不安障害に悩み,本来の能力や実力を思うように発揮できていなかったり,人並みの普通の日常生活ができなくなっていたり,場合によっては,長い間のひきこもり生活を余儀なくされている人たちにとって,あるいは彼らを支援している人たちにとって,少しでもお役に立てれば,筆者としては望外の幸である。
……(後略)

平成17年3月 笠原敏彦