「序文」より

 弘中正美さんの『遊戯療法と子どもの心的世界』の序文を書くことになり,まことに嬉しく思っている。本書の出版は二重の喜びである。というのは,これが弘中正美さんにとっての処女出版であること,および,わが国の遊戯療法の実践と研究の領域に,あらたな一書が加えられた,という事実のためである。
 弘中正美さんとは,臨床心理の世界においての長いつき合いであり,特に日本箱庭療法学会では,長らく常任理事として共にその発展につくしてきたし,最近は,私が山王教育研究所の代表になったので,同所の中心メンバーである弘中さんとは事例研究を通じて話し合うことも多く,長く親しいつき合いである。研究会では,本書に発表されている事例も聞かせていただいた。そこで,「子どもの心の世界」をよく理解する人としての弘中さんに接することが多かったが,それらの豊富な経験を基に,ここに一書をまとめられたことは,まことに喜ぶべきことである。
 わが国で遊戯療法に従事している人は,相当に多いと思う。ところが,カウンセリングに関する書物に比して,遊戯療法の書物が非常に少ない。これは,やはり「遊び」ということが,なかなか言語的に表現しにくいことや,遊戯療法の実際に携わっている人たちが,忙しくてなかなか筆をもつときがない,ということが原因になっていると思う。弘中さんのようなベテランでも,本書が最初の著作であるという事実も,その反映であろう。こんな点から考えても,本書の出版の意義は深い,と言わねばならない。
 本書を通読して感じることは,著者が,ユング,アクスライン,ジェンドリンらの説をうまく消化しつつ,自分の体験に基づいて,自分の言葉で語っていることである。臨床心理の世界では,単なる理論は通用しない。重要な鍵となる考えを提出するときも,それは実際例に基づいていなくてはならない。その点において,本書は,理論と実際とがよく噛み合ったものと言えるだろう。
 このような出版によって,わが国の遊戯療法が活気づき,今後ますます発展することを期待している。

2002年3月 河合隼雄