あとがきに代えて
――統合的心理療法の考え方――

 過去百年余の間に,心理療法は心理的援助を求める社会の要請の増大もあって,さまざまに分岐しながら発展を遂げてきた。それが適用される対象は,当初は成人の神経症圏の人々であったが,次第により重篤な病態の人々やより困難複雑な行動上の問題を持つ人々,加えて子どもをも対象とするようになり,必然的に技法の創案,工夫がなされ,心理療法の学派が多く生成するに到っている。
 一方,時代や社会の推移につれて,心の問題もより複雑で多面的な様相を帯び,対応の難しさが近年しきりと指摘されるようになってきた。ところで如何に優れた理論や技法でも,それをもって現実の臨床課題に対応するには十分というものはない。
 臨床の実践は,よき帰納法的態度に基づくべきであって,自分が関心を抱く理論や技法に該当する部分だけを現実の中から取り出して,自分の理論や考え方の正当性を主張することは避けたい,と筆者は一貫して考えてきた。目前の臨床場面で求められていることは何かについて,模索しながら実践を続けるうちに,緻密に細分化して,理論や技法が発展することも大切だが,それらを会得する努力を継続する一方で,現実の課題に応えるべく原則を知りつつ,それを応用展開し,さらにその課題により適合する方法を創案していくことが大切であると考えてきた。したがって,本書は先行研究の文献を渉猟し,自分で新たな仮説をたて,それを実験検証するという従来オーソドックスとされてきた方法によって書かれたものではない。本書に収めた論文は,臨床実践の積み重ねを経るうちに,クライエントのためにより効果的な心理療法のあり方を模索する過程で,出来上がったささやかな結晶である。以下に記すのは,本書を通じて表現した統合的心理療法の特質である。
    1)治療者の基本姿勢としては次のことが基盤となる。人を人として遇すること。顕れている症状や問題ばかりでなく,潜在的可能性の発見に務めること。治療者自身のありかたについて,相対的視点で眺め,内省を怠らないこと。
    2)事実をまず大切に,緻密で的確な観察を行い,気付くことができるように。この場合に事実とは,客観的事実はもちろん,クライエントが語る主観的事実をも大切に扱う。気付いた内容の中で,分かることと分からないことを識別し,分からないことを大切に抱えて,さまざまな方法で,その分からない部分に分かる部分が増えていく努力を続ける。治療者はこの不確定な状況に耐えることが求められる。
    3)技法を用いる場合,それが治療者の好みや関心から援用されるのではなく,クライエントについての的確な理解のもとに,クライエントがそれを必要としているのか,治療的に有効か,その技法が治療過程の中に浮き上がらずしっくりとけ込むことができる自然さをもちうるのか,等について検討する。
    4)理論や技法を目前のクライエントの必要性,治療経過の展開,クライエントの発達・変容の状態に合うように,柔軟に組み合わせて用いていく。したがって,新たな知見,理論,技法の習得を継続する。
    5)心理療法を行うに際して,自己完結性に固執しない。何を目的にどのような方法でどこまで進めるか,については原則としてクライエントと共有しながら進める。
    6)クライエントの必要性に応じて,チームワーク,治療的連携を大切に考える,必要に応じて,狭義の専門家ばかりでなく,非専門家に対してもその個人の特質に応じて,心理治療のネットワークヘの参加を求める。
    7)心理療法を行う場に,治療的精神風土の醸成を心懸ける。
    8)統合的心理療法とは要約すると,
      (1)個別的,多面的なアプローチを行う。クライエントのパーソナリティや症状,問題の性質に応じて,理論や技法をふさわしく組み合わせて用いる。
      (2)クライエントの回復の段階,発達・変容につれてかかわり方(理論や技法の用い方)を変容させていく。
      (3)チームワーク,機関の連携,多領域にわたる協同的かかわりをも必要に応じて行う。
      (4)治療者は矛盾した状況,不確定な状況に耐えて,知性と感性のバランスを維持するようにありたい,治療者自身が常に新たな知見の吸収蓄積に努め,より高次の統合を求めていること。
 The Society for the Exploration of Psychotherapy Integrationの機関誌を通覧してみると,それは自明のこととしてあえて言及されないのかもしれないが,扱われている内容は,如何に異なる理論と技法を組み合わせるか,という考究が中心になっており,統合的にアプローチするセラピスト自身の資質や姿勢,訓練に論点への言及はあまりみられない。ところで,技法を支えるセラピストの姿勢こそがバランス感覚を維持して何事にもほどよく開かれていること,かつ統合を維持していく不断の努力があってこそ,理論や技法が総和や折衷以上のものとして,意味を持ちうるのであろう,と考えられる。統合的アプローチとはこれで一つの完結したマニュアル用のものがある,という到達点はなく,常にセラピスト自身は自らの質の向上をめざすというものであろう。