「あとがき」より

 前書きに自動車運転にからめたことを書いたので,それを受けて,もう一度他愛もない私の体験を書かせていただく。教習で,ことに路上の練習を開始した頃,(多分どなたも経験なさることだと思うが)一番難渋したのは,いわゆる車幅感覚の不確実感であった。車の両前端が何かをひっかけはしないかと,怖くて仕方がないのである。いきおい,前進にためらってスピードは落ち,そのたびに教官にどやされる。……そのうち,私はひとつの工夫をした。車の前の両角,つまりフェンダーミラーのところまで,“自分の肉体がふくらんで出張っている”,と想像する(そのつもりになる)のである。そうすると車の最前面イコール私の胸板であって,「私からは距離のある車の前端」が物や人を押し分けて行くのではなくて,「私の肉体自体」がそれをかき分けてゆく感覚になる。これで恐怖感がかえって減り,私はずっと「大胆に」車を進めてゆくことができるようになった(自分の体で人をかわしてゆくのなら,いうまでもないが日常何の苦もなくやっていることに過ぎないからである)。念のため言うが,結果としてその感覚になったのではない。まず意図的にそう想像したのがうまく働いてくれたのである。やがてわざわざそう想像するまでも無い状態になって行き,車幅感覚は私のものになった。

 こんな他愛もないことを書いたのは,一つには,ファントム空間というのがひどく難しいもののように受け取られてしまうことが多いので,もともとそんなものではなく,日常茶飯事,変幻自在,応用無限なものであることを,少しでも実感していただけないだろうか?という微意による。ただしもちろん,その基礎工事のところの議論が十分してあることを理解していただけることこそ,私の熱望なのであるが。

 本書に行き渡っているような「考え方」に身を浸してから,気がつけばもう半世紀を越えている。以前に上梓した『精神の幾何学』(岩波書店,1987. 改版1999)の末尾に,「……混沌の海を旅して行くだろう」と書いたのが昨日のことのようだが,私が今も生きており,相変わらず旅しており,こうしてまたあとがきを書いているのが,不思議に思える。私は同じ地点を経巡っているのだろうか? 古歌の「……いのちなりけり小夜の中山」が身に沁みるが,他方では常に新たに困難を提示してくる臨床現場が,相変わらず,私を眠りこませない。

 私の好きなウォーコップの言葉はいろいろあるが,その中に
Serenity- in-spite-of- Something
 というのがある。下手な訳を付ければ
何事か 常にあれども 晴朗な……
 とでもなろうか?(蛇足を付け加えればSomething とは主として『パターン』のB因子からもたらされる何かの困難,憂慮のことである)。地球上必ずどこかには雲がある。にもかかわらず地球は全体として晴朗な天体である(局地的には,空しか或いは雲しか見えない場合はある)。
私の心の宇宙もまたそのようでありたいと願いつつ,今日も,瞬間瞬間を生きている。
2002年 秋

安永 浩


緊急情報
 これは本当に緊急の追加である。上記のあとがきも書き終え,全体の最終校正も終えて,ただ静かに刊行を待っていた2002年10月20日の朝,ロンドンから一通のメールが入っていた。

 Piers Wauchopeと名乗る方からで,その内容はおおよそ次のようであった。
“あなたのホームページを見て,大変びっくりした。Oswald Stewart Wauchopeは,自分の祖父のbrotherである。親戚の間ではOsと呼ばれていた。彼は1957年に,ケニアで,癌のために死んだ。彼の娘の一人は今84歳だが,父があの著書の日本語翻訳をとても喜んでいたのを覚えている,と言っていた。自分(Piersさん)の父も(今一緒に住んでいないが知らせたところ)その本は今も持っており,彼からの手紙も保存してあって,それをしおり代わりにその本にはさんである,と言っていた。父はメールアドレスをもっていないので,あなたのファックス番号がいただければ,よろこんであなたにご連絡するだろう。……”
 この5月にホームベージを出して以来,私はかすかな期待を持ってこのような情報を待ち続けていた。その願いが今最善の形でみたされた。事故死ではなかったこともわかった。50年に近い空白の部分が埋められたのだった。情報は追い追い更に入り,お伝えする機会があろう。

 私は今不思議な気持ちでいる。この同じ日に,個展で見て注文してあった版画家オクイフジオ氏の作品 Laub004(麻の葉文様―「パターン」の説明のために私が好んで引用する文様,つまり「パターン」中の「パターン」―をあしらった作品)が届いたのである。……思い起こすと,1959年,私が初めて深瀬基寛先生のお宅をお訪ねしたとき,ロイターからの,“ウォーコップ氏行方不明”の消息が,ちょうどその日の朝に届いた,ということを伺ったのだった。因縁,というのはやはりあるのであろうか?
 2002年10月21日 10時