創刊の辞

河合隼雄(国際日本文化研究センター)

「臨床心理学」はわが国においては,最近になって社会からの強い要請にこたえて,急激に発展してきた。臨床心理学を専門とする大学院が日本中につくられつつある。これは今から十年前にはとうてい考えられないことであった。
 このような発展を意義あるものとするためには,その研究成果をあげることが必要である。しかし,極めて実践性の強い臨床心理学においては,その「研究」が一筋縄ではとらえられない性質を持っている。臨床心理学の中核となる心理療法においては,治療者とクライエントの間の人間関係が重要な要因となる。そして,多くの場合,治療者,クライエントおよびそれを取り巻く人々の主観の世界が重要になってくる。
 このことは,近代科学の方法論がそこに通じないことを意味している。もちろん,近代科学の方法に準じて,臨床心理学の研究をすることも可能であるが,それはややもすると実際的なことには役に立たぬものになる。
 さりとて,「役に立つ」ことに短絡的にこだわると,それは「研究」として,あるいは「学」としてどれほどの価値があるか疑わしいということになる。あるいは,学問としての発展があまり期待できない。
 このようなジレンマのなかで,われわれは既に学会誌としての『心理臨床学研究』を持っている。しかし,以上に述べたようなジレンマについて考えてみても,新しい学問としての「臨床心理学」を発展させるためには,旧来のアカデミズムの枠にとらわれない,自由で大胆な発想と態度をもって,その研究に挑戦してゆくことが必要と思う。
 幸いにも,金剛出版よりこのような場を与えられたので,同好の志が集まって,学会誌より自由な立場において,「臨床心理学」を盛り立てていきたいと願っている。
 と言っても,本誌が質の低いものであってよいはずはなく,一定の質を保つためのレフェリー制も必要と考えているが,そもそも,その「質」とは何かということも討論してゆくような姿勢がなければならない。それでこそ,わざわざ学会誌に加えて本誌を発行する意味があると思う。何とか新しい学問領域を切り拓こうとしているのだ,という気概をもって,できるだけ多くの人たちと共に,本誌の発展に寄与してゆきたいと思っている。
 新しい研究の方向を見出そうとする努力のひとつとして,投稿論文に対しては査読者のコメントを付すようにしたいと思う。それに対するコメントや,反論なども寄稿していただくと,論議が盛りあがると期待している。
 論文の投稿のみならず,意見や感想の類も多く寄せていただき,皆が参加しているという姿勢で運営してゆきたい。また,臨床心理の仕事に従事しつつ,多忙で学会などに参加できない方も是非とも参加していただきたいと願っている。
 本誌は「臨床心理学」の研究誌であるが,他の各分野において「臨床」と名づけられる新しい世界を拓こうとする努力が生じていることにも示されているように,新しい「学」,新しい「研究」に対する先行的な研究誌としての役割を果たしたいと願っている。
   2000年9月

編集委員を代表して河合隼雄