「臨床心理学」創刊に寄せて

(聖路加国際病院顧問)土居 健郎

 この度,河合隼雄氏をはじめとする錚々たるメンバーを編集委員として『臨床心理学』が創刊されるに至ったことに心からの祝意を表したい。創刊の辞に河合氏が述べておられるように,臨床心理に対する社会の期待は今日極めて大きい。カウンセリングの需要が急増し,カウンセラーを志望する学生の数が増え,臨床心理学を専門とする大学院が日本中に増設されつつあるという。それ故にこれまでこの方面の学徒のより所であった学会誌『心理臨床学研究』の他に新たに『臨床心理学』を創刊するというのはまことに時宜にかなったことであるからである。
 詳しい歴史的経緯のことを私は知らないが,臨床心理学の興隆が近年における精神科臨床の拡大発展と密接に関係していることはまちがいないところだろう。大体,臨床というコトバ自体,もとはといえば医学用語である。であるから臨床心理士とわれわれ精神科医はいわば同僚として一緒に仕事をして来たわけだ。もっともいつも一緒でないと仕事ができないわけではない。精神科医は臨床心理士の助けがなくても臨床をやれるし,臨床心理士の方でも精神科医の協力を必ずしも必要とはしないだろう。しかし両者が時に一堂に会して,理論的な問題でも実際の事例についてでも,話し合う事は双方にとって極めて有益であるにちがいない。私個人の意見として言うのだが,精神科医という人種は医者の序列では最下位に位置し,精神科医と称する人々の間ですらしばしば意見の疎通を欠くという始末である。そんなわけであるから精神科医としては時折是非とも臨床心理を専攻する同僚からの応援を得たいのである。
 どうもしけた話をして恐縮だが,実際は精神科医でもこの頃はニュースの脚光を浴びるという者もないわけではない。これはもちろん例外だが,世間的景気ということからいって,精神科の開業医が年々ふえ,いずれも繁盛しているという事実は多くの人の知るところであろう。この事実は臨床心理に対する社会の期待がこの頃すこぶる高いという上述した河合氏の認識と符節を合わせる。もっともこの点について果たして素直に喜んでいいのかどうか,実のところ私はすこぶる疑っている。というのは,精神科や臨床心理に対する呼び声が高いということは,われわれの社会がひどく病んでいるということの証拠ではないかと思うからである。しかもわれわれはこのような社会の要請に対して果たして満足な答えを出せているのであろうか。もし出せていないのなら,今はもてはやされているようにみえても,いつかつけが廻ってくるにちがいない。この度創刊される『臨床心理学』がこのような点についてもわれわれを目覚めさせ,われわれに本当の覚悟をきめさせることに寄与するものであることを衷心より願って擱筆する次第である。