「臨床心理学」創刊に寄せて

(前日本精神神経学会理事長・東邦大学医学部精神神経医学講座教授)鈴木 二郎

 新しい21世紀の初頭,雑誌「臨床心理学」の創刊にお祝いを申し上げます。心理学はもともと理論から応用まできわめて広範な領域の学問であり,かつまた基礎から実践まで多次元の方向性を有している分野であります。そのなかで今日最も脚光を浴びているのは,臨床心理学でありましょう。現在広範,多様な心理学の名を冠している雑誌は非常に多く刊行されていると思います。それにもかかわらず心理臨床にかかわる学会誌以外の専門誌がこれまで存在していなかったのがむしろ不思議で,本誌創刊はまことに時宜を得たものといえます。
 世紀の転換期にあたる現代は,地球上文字通り社会全体,というより人類全体の大きく,急速な変動期の最中にあります。20世紀後半の社会,経済,倫理が大きく揺らぎ,そのなかで人びとは戸惑い,悩み,不安を抱きながら暮らしています。わが国にみられる少年犯罪,児童虐待,老年者の生活不安などは,いわばそうしたことの象徴といえます。かつてない経済的豊かさと生活の便利さを享受しながら,むしろそのことによって自己を見失い,豊かな人間性を喪失しつつある多くの人びとの姿が日々展開されています。人の心のケアにあたる専門家の責はきわめて大きく,したがって心理臨床家に期待されるところは当然大であります。当然専門家の方々のさらなる資質の向上,専門家を志す若い人々の研鑚が求められます。そのための研究,経験の発表の場,切磋琢磨の場が当然必要でありましょう。そこに刊行される本誌の役割はきわめて重要なものということができます。私自身新しい分野の雑誌「神経精神薬理」の創刊および刊行を20年にわたって携わった経験がありますが,雑誌の創刊には多くの困難があります。しかしそれを乗り越えるだけの意味があり,ニーズもあります。
 現在何らかの形で心理の臨床に関わっておられる方は,心理臨床学会の約1万人,さらに臨床心理士資格所有者の6千人,またカウンセリング学会をはじめ,学校や福祉,産業,司法の現場で活動しておられる方を含めると数万人に達すると思われます。ただ仄聞するところによれば,心理諸学会連合が30余団体から構成されているとのことであります。学会それぞれに歴史的必然性があるとしても,「人」の心のケアにあたる立場からすれば,そこに共通の立場があると思います。本誌が個別の所属団体を超えて学問的論議,研鑚の場として広く門戸を開放されることを期待いたします。このことは,近接,かつ協力する領域の精神医学の私たちにも同様であることを希望いたします。本誌が実践的な内容を志向する方針であることはこうした点でも適切であると思います。これは近々のうちに国家資格化されるでありましょう臨床心理士の問題にも大きく影響することにもなりましょう。
 あらためて本誌の創刊を心からお祝いし,熱い期待をこめて御発展を祈ります。